zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

テロなのかPABT

今朝、PABT地下で爆破。テロとか。

 

こちらたまたま本日届く荷物配達を待機していて無事でございます。

UPSはいないと局に持って帰っちゃったりするので、再配達の手続きとかましてや取りに行くとなると相当離れた場所に郵便局があるのでめちゃ面倒。で、待機。それが幸い。

 

Port Authority Bus Terminalは少し遠路や州外(ニュージャージー

へ行く路線バスの新宿バスタじみた大ターミナルで、たぶん100以上のバス乗り込みゲート、200くらいの路線がある。

 

ニュージャージーからのバスは大体ここに着くので、通勤の際には毎回のように使っている場所。

 

主に2階、3階からバスが発着して、NJにはハドソン川をくぐるリンカーントンネル入り口に直結し、街の渋滞を避けてトンネルに入れる利点がある、うまくできた交通システム。戻りも左右両側からターミナルに入っていく側道が出ているのでうまく到着ゲートの3階にバスが入っていける。

 

ここの地下には、すぐA,C,Eの地下鉄路線が通っていて、最近割合使っている路線。4thStで降りると、北側出口は実質8thSt.の南、

ktla.com

 

ワシントンスクエアパークに近いWaverly Placeに出るので、公園をぶらぶらしながら大学に行くのによい道。

 

9月最初の方は、表を3分ほど歩いて、Q,R,W,Nの路線があるブロードウェイ線を使って、大学に一番近い8thSt.NYUを使っていたが、そうすると、特に雨などのときには、外ではなくこの爆破のあった地下の連結道を通る。8thAveから7thAveあたりまでつないでいるので、結構長い地下道でその間に42thStを地下で走っている、Grand Central駅とここをつなげるシャトル路線の入り口もある。地下道はややマイナーな空間で、屋外の道を歩く人の方が多いが、この交通の要所にテロをかけたというのはやはりちょっと衝撃である。

 

隅の方でこそっとちょこっとやるのではなく、ここはTimesSquareの最寄り駅であるので、まさに中心地空間で挙行されたということになる。ふだん通勤上ここら周辺を歩き回っている自分には十分脅威で驚きだ。ただ同じ場所に二度とやるまいからむやみに怖れても無意味でむしろ次の地点を考えて避けた方がよく、クリスマスシーズンとうかれてあちこち出掛け回るのは危険ということだ。どうせ今は先に書いたようにそれどころではないが、こっちも。まさに42thStのアラジンを見に行こうかと思ってもいたがちょっと気が萎えた。

 

テレビのニュースでは見慣れた通りの風景がずっと放映されている。

来るとき以来覚悟はしていたが、10月31日の飯食っているところから1KM先でのトラック突っ込みよりも地理的関係が深い。

初雪そして帰国へ

ここ一週間くらいたくさんのアクシデントと私的事情が襲い続けておりました。

 

母親が11月に自宅で深夜トイレにいくときにこけて、こけ方が悪く、胸骨骨折し入院していまして、手術はもう高齢で難しいからコルセットをはめて推移を見守り、歩くリハビリを続けていました。

 

これの回復しだいでいろいろ様子が変わってくることがあり、兄がみていますが、食事などに難があり、今まで家事全般してこなかったこともあり、親が杖でも自立歩行できていれば問題もないのですが、その点が気懸りです。あまりお義姉さん介護という状態にもっていきたくないですし、十分な介護ケアの資源を使い切ればよいのですが、どうしたことか母親は非常に昔気質でまた実家が自営業で切り盛りしてきた経験も影響しているのか、なんでも自分だけでやるということに固執しがちなので、これも危うい状況を生んでいます。今も2日間ほど介護ケアセンターからヘルパーさんに来て、足が不自由なのでやりにくい風呂、トイレ掃除、居室の掃除(自分の部屋以外はやってもらえないものらしい。だから私の使っていた部屋は掃除が入らない。もちろん自分でやってたけど。)などしてもらっていて、食材は適宜宅配という感じ。

 

兄と相談して東京引き取りということも小出しに提案してみたが、頑として拒否。頭と口は超元気で、大声の元気なかあちゃんなので、まぁそんなもんだ。関西人だし、東京来ても困るかも。とにかく時間かけても自分でやりたい、ヘルパーさんも最小限でできるだけ他人にうちに来てほしくない(お友達は別)って感じです。中途半端な社交性で人間関係がうまくないのは、わたしも兄も母もうちはみんなそうである。

 

さて、それが12月に退院する。どこまでできるようになったか。特にリハビリ継続中なので、退院したばかりでは、当然せんたくとかままならない(二階に持ち上がってバルコニーに干そうとする。乾燥機はいやらしい、なんだか・・)日光信仰か。

 

と同時にNYUがちゃんとトランスファーをやっていなかったことがここに来て判明。3か月チェックで指摘され、1か月猶予。ミスだから自分で出しなおしゃあいいのに、それはNYUはいやみたいで、「やっちまった。まずいけど制度上うまくないし、仕方ない放置だ。Hideyaが帰国すればNo Problem」というひどい決定がなされて、Johnも組織人としてなすすべなし。弁護士と今やりとりしているが、弁護士と国際部が対立。事態が進まず、膠着(弁護士は理不尽過ぎると言っているが)(民訴すれば賠償とれるぞと、いやもういなくなるし)、時間切れ狙いか・・・と実際時間切れです。でもというかうちの事情から言えばある意味、渡りに船であり、帰国せざるを得ない状況は歓迎である。年末まで実家で様子が見れる。年末年始は兄たちが来るからバトンタッチ。弁護士を使っているのはこちらの正当性を押さえておいて文書を作成して、今後アメリカ入国時に悪ければ拒否とかそうした事故が起こらないようにあらかじめて手当てをできるだけ確実にしておくのが主なねらいだ。

 

ということで一昨日金曜日急いでヤマトに連絡して、18日に荷出し引っ越し、20日フライト、15日から延長かけてきていたAirbnbの宿代は、これまでの他のゲストに対する数々の貢献、カギの管理の手伝いもときにあり、ほぼ全額に近い返金をしてくれた(本日付け)、感謝。ということなのだが、理由らしきことはもうひとつあってそれはまた来月以降に記すが、とにかく、帰国は教授会と理事会マターなので、13日教授会で帰国承認をできればとり、理事会に認めてもらわないといきなり1年間の海外研究員を中止して帰国はいろいろ面倒なこと(実は夏あたりから内心1月くらいには帰ろうと考えてはいたので、宿の延長も1月17日までにしていた。入試の試験監督はしてもよい覚悟というか帰ってもそれくらいしか業務ですることがない)。わたしの次の年度からの制度ならある時期日本にいてもどこか海外にいてもどっちでも1年を柔軟に使えるサバに近い制度になるが、わたしまでが旧制度なのだ。見かけ上、1-3月は国内研究に近い状態になる。もちろん日当が出ない。卒論チェックとレポート、試験採点がないというわけだ。(これは大きいですよね)院生とプロジェクトを進行させる。(まだ今大学で実験データを取り続けている。参加者ドタキャンが多く苦戦中) 新しいWeb調査を仕込んで用意しないといけないし、東京方面でのインタビュー企画もある。だから研究上ももう戻った方が進行の効率も上がるし、研究費執行にも便利である。

 

で、突然片付けモード突入。

余りそうなとんこつラーメンとかを日本人院生にあげる算段。使っていない七味。サロンパスはどうしよう?? 今日はまだ食べていなかったマーボー春雨を朝昼兼用に。チキンラーメンと日清焼きそばは順調に消費してきたから大丈夫そう。月餅が余るが賞味期限切れのもの・・。不要なものはこのアパートに大家への感謝もこめて寄付していく。食材も置いていけるのでAirbnbというかシェアでよかった。

 

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昨日はNJマンハッタン沿いHudonカウンティもNYCも初雪。初雪ちらちらと思ったらすぐ積もった。まあまだ大した積雪量でもなく、今日は溶け始めているけれども。

 

結局、ロックフェラーのイルミネーション見ながらホワイトクリスマスを経験することができないが、横にいる人がどうせいないのでむなしい体験もせずにすんだってか。もう少しミュージカル見たかったが、もっとあったかいうちに行っておけばよかった。聞いていたけど本当にいきなり寒くなるんだもんね。ただ、外は寒いが部屋のなかは超暑い。これが標準の過ごし方か? 今もアパートでTシャツ一枚、短パンです。古くて温度調整の効かないセントラルヒーティング、寝るときの着るものも夜中に少しずつ足していくような微妙な感じ。昨日は暑すぎてもってきた冷えピタをおでこに貼って寝ていたくらい。

 

さあ、どんどん片付けないと。それは原稿チェックも!!

最後の辞典は帰国してから書きます(資料持ってきたのに・・・)。

ペンシルベニアのこと

海外経験豊富な研究者友人と昨日あたり話をしていて、次々のここに書いたようなペンねたを話していた。

 

免許での内科医検診、大学での客員にあたってのFBI調査、J1ビザに伴う保険手続きなど、そんな厳格というか、そもそもそんな話を聞いたことがないという。

 

やはり全米のなかでも変わった州だったのかもしれない。このあたり一帯がそうかもしれないが、イリノイオハイオは違うというからアパラチア方面を辿って確かめないと、ウェストヴァージニアとか・・誰かいるのか? 全くやれやれである。

 

しかし、こうした興味深い話題を検討できるネタを体験したので、それもよしと、なんでも体験しておいて感じるものがあるのはいいことである。しかしならばちょっと以前まではペン州が民主党地盤であったことは不思議やねぇという話。移民系の票の関係かもしれない。

 

NYUにやはり客員で来ているという政治学の先生を紹介してもらい、来週会う。調査的計量や、階層論について話ができたら面白いと思う。さすがNYUはたくさん日本から来ているようだ。

 

もうあと少ししかいられないかもしれないが、とにかくできることを最後までする。

 

 

ミスサイゴン

はい、お友達がいらしたので、貧しいながらも最後はっちゃけました。Jazzクラブに行ったり、本日はミュージカル、ミスサイゴンを見て参りました。

 

昔ずっとロングランをしてましたが、上演されなくなり、それがまたリニューアルです。

 

このご時世に日本人であるわれわれが見に行くのも、サンフランシスコやマンハッタンの像とも結びつくシーンがあるだけに、いいのかおいおいって感じがしましたが、2人で行くなら心強いしと思い、むしろチャンスかと。

 

以前の上演を見ておりませんので比べることができません。すいません。しかしおそらく違うかなと思ったのが2幕冒頭。ベトナムに残してきた軍人の子どもたちの支援活動を行うというアメリカにおいても反省的行動が行われていることを強調するシーンからスタートし、そこではベトナムの子どもたちの画像がスクリーンに次々現れます。昨年日本公演もあったようなのでご覧の方もおられるかも。

やはり「正義」を重んじるアメリカとしてはいけなかったことはいけなかったと(シナリオ的に)正面から向かい合い、そこに生じた悲劇というものの意味を単なる悲恋物語ではなく、取り上げていると、この頃の時代ではそりゃそのまま妙な差別意識まるだしの上演では共感も得られないし、観客も気持ちよくないし、そうした仕掛けは必須だと思われますよね。

 

そうした建前が重要な国でありますから、国内のさまざまな差別だってたくさん残っていてひどいけれども、事件が起こるたびに(トランプさんでなければ)、それはひどいことだ、過ちを繰り返してはいけないと政府要人は繰り返して言うし、建前上、アメリカは人権をとても重要視し、正義を貫こうとしている国家なのだという御旗はしっかり立てるということですよね。

 そこを横から「実際は・・」とか「こんなこともあるじゃん」とか言っても外交的な政府間のやりとり-そこは当然御旗の世界なわけですから意味がないわけです。(平等の実現のための運動では文脈が違います) そこの理路を全く理解せずに、日本が振る舞うと致命的な失敗をするわけで、「はい、日本さんは今どういう建前、理想で国を運営しているつもりですか?」と問われたときに「従軍慰安婦は国の命令ではないしゴニョゴニョ」とか説明しても事実としては他の問題で軍の司令で明らかにやっていた地域もあるわけで、全体として見渡した時に特定的に朝鮮半島ではどうかと問題を(国際的には)矮小化しても(オランダだって被害を受けている)、西洋社会の共感はちびっとも得られないわけですよね。

 

「反省」の何が怖いのかよく分かりませんが、「反省」を示すことこそが、「その時」と「今」を切り離す証拠でもあり、また有効な示し方でもあり、むしろ、反省をしぶると「あのときと今も同じなのか????」という驚き、まるで今も当時の軍政に近い統治失敗形態の政府がそのまま続いているの??という驚きを生ぜしめるだけですよね。反省により実際、援助資金を出したわけですが、せっかく資金を出した意味も「反省したから今はもうあの時とは違って、現政府、日本はあのときの日本と切り離されている。その上で過去の日本のことについてこれだけ資金を供出して役立てていただきたい」とやっているわけだから、それが全くアメリカとかには伝わらないんじゃないでしょうかね。とにかく簡単な話、「反省しないやつ」=「悪い奴」というヒューリスティックなども容易に働きますから、しかもその上、検討している議会場で横暴、礼を失した振る舞いを目の前で見せていたわけですから、当然、「な~るほど、こういう風に反省していないのだな、それならやっぱり像は必要だ」と中立的な考えしか持っていなかった人もこぞって像設置の公共的是認に賛成してしまうということで、この「狙い」と「呼び込む結果」が常に藪蛇で逆効果を平気で招くのは戦争時期の日本とそっくりなところもありますね。だから設置反対を暴言的に展開している人たちは確かに「何もあの時代と変わっていないわ」という国際的な目にさらされるわけで、残念ながらそういう人がもしたくさんおられるのなら、戦前、戦中と今の日本はしっかり連続していますと言わざるを得なくなるわけですよね。

 

こういうのは方針の問題だからまさに今向かっている政府の方向とそのもたらす効果はよく検証した方がいいってもんですよね。わたしはそう思います。プライドを守ろうとしてプライド、日本の尊厳を汚しているという。

 

だから正しかったことは何か、そうした意識を前提にして、過去の物語も描く・・・そういった意識が垣間見られたミュージカルでした。ちょいと残念だったのは、土曜日のマチネだったので替えキャストで主役カップルはこれから楽しみなんだろうけど、ブロードウェイでは初舞台(といってももう今日まで何回もやっているわけだが)で、声量が弱く、キムは魂のある歌を歌いましたがやはりもうちょっとボリュームあればなぁと思わされるところが諸所ありました。

エンジニアは最高によかったです。ジョンも。

 

ということでした。最後にこういう経験もできてよかったです。

貧困

別に社会学ではやりの階層の分析や貧困地帯レポではありません。自分のことです。

いや仕事や頭もいろいろもちろん「貧困」ですが、行儀のよい人ならあまりそういう話をしない金の問題です。

 

さて、どうなんでしょうか。

 

1.大した収入のない時代に無理に4600万円の家を建てる  

   3500万円のローン

2.ろくに払いもしていない一年後に5800万円で家を売るが、もちろん売り買い手数料や登記税金など払いまくり不動産屋と銀行をもうけさせて、5780万円で家を建てる  3600万円のローン

3.馬鹿みたいに金利の安いのに借り換えたりして、なのに最後まで返さずに、5年後に5380万円で売ってしまう。損出ている。家賃払っていたと思えばそんなもんだが、またも不動産屋と銀行に稼がせている。(ずっとここに住むとかなり信じていたN区)

4.6800万円で家を建て、4600万円ローン。ローンの方が「成長」してくる。これはわたしに無駄遣いをさせないための常にぎりぎりの生活をさせる作戦のようである。

5.隣家の火事で延焼。土地を5000万円で売る。保険が1800万降りる。とんとんであるが、家財の損失は多大なものである。売り買い手数料がもちろん発生。保険が下りても土地を売るまで銀行は保険を口座に下さない(前述)、鬼畜銀行(父親が務めていた銀行w)。

6.それを全部土地代にぶっこんで3500万くらいでハウスメーカーで焼けない丈夫な家を建てたら残債が3400万円あったので6600万円の借入、月々25万円以上を返済していると、税や私学共済、組合、年金積立もろもろ取られて手取りのフロー用銀行には25万円。

 

これは院生のときにわたしが塾のアルバイトと家庭教師をして、二人の生活費を捻出していたのと同じ額。当時は妻のアルバイト代もあったので、院生当時より貧乏である。しかもこの間まで子供のを含めて一家三人が月25万円で暮らしていた。

 

ある大学で飲み会を30回以上するのがもたなくなった。

しかも一律「先生」は8000円なのだ。おれを飲めずにウーロン茶しか飲んでいないのに。しかもそれを当然と振る舞い集金する院生の一部にもわたしはだんだん暗い反感を抱くようになってそれも自己嫌悪を招くよくないサイクルであったね。

 

これを貧乏と呼ぶか? 正確に言えば単なるバカであろう。

 

金の使い方を知らない。そう、稼ぎ方も使い方も知らないのだ。

変に金のことが嫌いだから学ぶ気も全く起こらないし、金に対する歪んだ認知で金が飛んでいって身に着かないことに妙に快適さ、爽快さ喜びを感じるので、堅実に「貯蓄する」という方向性が形成されない。

こういうとき、夫婦どちらかが「しっかり者」だったりするのだが、経済面では二人とも「苦手感」が強く、妻も家計簿が長続きしないし、わたしがつけても続かないし、資金の振り分けは覚えていられないし、ちょっとADだから書類の整理ができなくて保険がいつ満期でどこにあるか通知が来ない限りわからなくなるしなどなど。

 

ならば使ってしまって、ほぼ残っていない方がよく見えていいという訳の分からない理屈。

 

貧乏だから海外もパック旅行しかできない。しかし貧乏だからしなきゃいいのに、使ってなくしてしまう衝動も止められない。というか妻が実際何を考えて海外に行こうとするのか不明で闇。どうせ長生きしないからと踏んでいる節もある。

 

春に就職した息子は薄給。これまで皆無だったスーツやネクタイや靴をときに買うだけで赤字。

 

移った大学ではほぼ飲み会がなく助かった。しかもここは院生と飲むとき大学から多大な補助が出る。学生とも同。

 

しかしそんなことよりも交通費がかさむ。当たり前だ。

形式上、交通費<非常勤での給与の稼ぎ  だが、これまでは純利益だったのだから、非常勤の稼ぎが交通費でかなり相殺されることで月々のフロー分は減少する。当然である。

 

詰まりました。

 

いずれと思いますが、そういうわけです。ごめんなさい。裏事情でした。お金は大切に。副業で器用に稼げたらいいなぁ、絶対にやらないだろうけど。子どもの頃の予定では今時分の年齢ではベストセラーの書き物をして左うちわの予定であった。20万部くらい売りたい。

誰かいい企画で新書を書かせてください。

でも、たぶんわたしが書いても売れないな。

 

在外は、いままで別居状態でなんの金も出ていなかったが、在外なら「生活費」(日当)が出て、子どもが無料交換留学して3人で一緒に暮らせば激安、お得になる一石三鳥計画であった。頓挫した。

子どもこころには就職した方が家計が助かると考えたのだろう。

 

二人稼ぎしていたり、そうでなくても普通に大学教員に貧乏な人はいないから誰もそんなこと思わないし、信じないしということで、よく日本女子大の非常勤懇親会とかでフランス料理食べながら話していて思ったわ。生活レベルが違いすぎ。

 

子どもの頃から貧乏人は仲間外れにされるし、楽しくないから付き合いから外されるとか分かっているから開示はしにくい。

むかし××研で冬スキーやるけど来ないといわれてそんな高いホテルに泊まれるわけないと思ったが誰もそんな想像はしない。

 

すべての資産は動かせない不動産に行き、しかも自分たちが住んでいるだけという間抜けさ。老後を考え、経営マンションの検討していたら燃えた。自分の持つ土地を丸損してもいいから、日本社会が全国のすべての土地を公有化するといいなぁと思う。土地の上がり下がりで一喜一憂したりバブルになったり、重要な施設が建たなかったり、商店が経営しにくかったり、困る人に資本の原理で土地買われたり、立ち退き迫られたり、外国人や地方出身者の住居費が高かったり、ろくなことない。極端には適当な数を予測して当分に分配すればいい。

本当にそう思う。土地は国有化。建物は私物で好きに建てて、金持ちは勝手に高層にすればいい。

 

神戸から出てきたとき、地方出身者は延々と家賃払って不条理で損だから息子の代にはそうはさせまいと思ったが、家はあるけど貧乏になっちまった。あまり意味がなかった。

 

ちょっと唾棄するような書き方ですいません。いくらか飲む分のお小遣いはもちろん持っていますよ。今週は人がくるので、景気よく遊びまくる予定。ここまで3週間くらいは1度しか外食していない。

 

それでも資本家は嫌いなので、逆玉のように金持ちお嬢と結婚すればよかったとかは思わない。元金持ちお嬢が一番やばいけど。たぶん金を稼ぐことに何かしら罪悪感があるのだと思う。部落とかに取り囲まれた貧乏人地帯のなかでひとり金貸しの家として住んでいたからか。

 

 

 

 

慰安婦像

マンハッタンでも10月に慰安婦像が設置されましたが、この度、サンフランシスコ市で公的性格が形作られるにあたって大阪市姉妹都市解消という動きに出ました。

 

日本のなかでは、慰安婦と言う呼び方をはじめ強制の点、公的な軍の関与についてたくさん議論がなされていますが、おそらくよそ(諸外国)から見ればどうでもいいことでしょう。そんな所に論点はない。

 

戦時中に軍人男性への性的慰めについてそのための施設があり、そこで働かされていた人がいた

 

この事実だけで、現代の観点から見ても、女性の人権が踏みにじられていたのだなぁ・・・と、その点で十分なのかと。

もちろん朝鮮半島の占領や男女含めた強制動員、強制移住など戦時中はすべて人権の問題が生じますし、政府が国内で日本人に強制した点や「思想犯」逮捕など人権の問題はいっぱいあります。

 

他国もやっていたじゃないかという人もいますが、それを言う意味を考えないといけないわけです。

 

未来や前を向いて、当時のことを振り返ればいいし、さらっと(というと語弊がありますが)

 

「この像は、日本に特定的に向けられたものというより大阪市は、女性の人権が今後はもっと守られるように世界に発信する意味であると受け止め、いかなるときも世界のどの国であっても女性の人権を蹂躙するようなことが今後ないように願い、大阪市もそうした意識で女性の生きやすい社会づくりに向けて不断の改善を図りたいと考えている」

 

どの国もということで、世界に向けて、「チクッ」とだけ言っておいて、こうした未来への姿勢宣言しないと、「日本はいつまでも女性の人権侵害をよしとする国なのだ」というイメージ拡散に資してしまいます。実際データ的に男女平等がお寒い状況にあるわけだから、その改善宣言でもしたらよろしい。

 

しかし、疑わしいのは大阪市の場合、もっと確信犯的に「今後も女性の人権蹂躙したいから女性人権問題には触れたくないなぁ」みたいな姿勢であるかもということで、それこそ恐ろしいです。

 

戦中の性欲処理をどうするかは冷静に科学的問題でもあるわけですが、だからと言って安易に「仕方ないんだ」と論点をずらすのは賢くないと思います。

 

そして現在も存在するいわゆる風俗の問題もあえてこの件では棚上げしておかないと議論は混乱しますし、各国だって過去と今は上手に分けて対処しているわけです。現在の問題は、現在の政治的・社会的課題であり、多くの人の知恵を用いた議論が必要です。もちろんきっかけにしつつ話題の論点を明確にして現代の問題を論じるのはよいと思いますが、まずは未来へ向けた理想の共有と言うスタンスが政治的には大切なのかなと思います。

 

トランプ来日のときもそうですけど、なんか言われた時のウィットのある言い返しをちょっとうまい具合にしておくという知恵は日本政府にはすごく欠けている、あるいは政治家にすごく大切な資質なのに欠けている。だから、完全に道を外れた「失言」や「暴言」に行ってしまう。どう上手に言い返すか、もっとイギリス人の発言などを勉強すればよいと思います、特に政治家さんは。

 

部屋

11月から研究室(部屋)を変えた。

 

9月に来たときには、抜ける人がいるから11月に個人用で使えるという話だった。ところが工事。

 

これまで工事にはよく遭遇してきたが、大体学舎の工事って日程表が教授会で配布されていた。ここではどうもそんなことはなく、誰に聞いても予定が分からんと言う(笑)。

 

とりあえず事務は6階に引っ越し、5階の北面は苦手のペンキ塗り替え中。部屋はもぬけの空。南側にいる(まんなかというか)こっちはいつ動くのか分からない。

 

それでも今の共同研究室では不特定出入りするので、(盗られるとかでもなく、邪魔だろうから)本とか置きっぱなしにできない。前のように大きめの1台のパソコンと書籍類などを研究室に置いておくという研究体制がとれないでいた。

 

で、偶然PDで来ていたルーシーさんが就職を決めて10月末で去ったので、彼女が使っていた2人部屋のデスクをもらったのだ。ここは、2人しか出入りする人がなくて、ロッカー、引き出しもついているので、いくらか文具なども置いておける。ということで、2日の日から使い始めて、7日にはおいてあるデスクトップPCの(アドミニの権限がない)ユーザーアカウントをつくってもらってとりあえずIMEも作動させたので日本語打てる状態で使えるようにもなった。めでたし。PDF読むのでも画面大きく、デュアルディスプレイなので作業しやすくよかった。本日はリサ・バレットさんのトークでした。