zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

一瞬のひとり暮らし

本日は実家の負担軽減を兼ねて、シラバス作成に集中できるよう新大阪近辺に滞在しております。

 

帰国してから久しぶりに(といってもまだ半月ほどですが)、ひとりで滞在し、ひとりめしを食べているのですが、人に会わないため、ラーメン屋で好物の油めんにんにくたっぷり入りを食し、夜はカップ焼きそばです。ひとりでいたとき、なんか面倒なときはよくカップラーメンを食べてました。どうもその揺り戻しか突如カップめんが食べたくなって、さりとて全く同じものが食べたいわけでなく、昼もラーメン食べているわけなので夜は焼きそばです。もともとラーメンより焼きそばの方が好物です。

 

コンビニを眺めていると、テレビ見ながら手でもって簡単に食べられるものがホント日本は安く売られているなと感心です。おにぎり、日本風サンドイッチ、カップめん、巻き寿司、それ以外にも今やたくさんのお惣菜がパック食品として並んでいて、魚の煮つけからきんぴらや各種サラダまで、アメリカで手に入るものとの共通は、プラスチックパックに入ったチキンサラダくらいでしょうか。立派なおかずが100円台で並んでいたりするのに感動します。

ごぼうサラダとチョコレートも買ってきて、ひとり楽しんでいます。

 

とりあえず原稿の修正とシラバス、ひとの原稿チェックなど順調に仕事は進んで、あとは学会誌の査読です。でもこれは明日大学で紙に打ち出してやってもいいなぁと(ほぼプリンタは直ったと思う、思う・・・がたぶん)。

 

朝はコメダでモーニング食べながら、新聞でセンター試験をチェックしていました。入試はまぁ趣味的に好きなので、本屋で中央公論2月号大学入試改革が目についたので買って読んでます。

 

せっかく監督する教員も十分慣れてきて安定運営できているセンター試験が変えられるのは本当に残念です。改革が害をもたらす典型のようですね。国語試案は興味深く見ましたが難しすぎないのでしょうか。またこういう「程度」を試行錯誤しながら、設問の通過率をチェックして行って、今みたいに各教科でばらつきの少ない状態に平均値を安定させていくのはたいへんだろうなと思うわけです。監督等、運営の方法についてはほぼ踏襲できるようにしてもらいたいものです。

 

世間で話題になったムーミン問題も「考えさせる出題」のひとつであり、単なる暗記を想定せず、自分の持ち合わせている知識でも解答できる興味深いものです。今の原則では本来地理は地理だけの知識で十分有利に働くようにした方がいいですが、求められている総合的知識運用力、思考力を測るなら、まさにこうした「総合的出題」が求められる形ですよね。ムーミン万歳。

こまば

4月から非常勤で授業をする。こまばは初めてだ。

 

しょうもない内集団ひいきだが、東大生は好きだ。もちろん個々にはたぶん気に入らないやつやそれこそ「考えがどうしようもなく異なるやつ」はいっぱいいると思う。

 

東大が母校でない人はこれを読まれていやな感じがする人もいるかもしれないけれど、自分が学生時代から思っていたのは、東大生は東大生なりの特有の悩みや葛藤みたいなことがあり、本当は自分の経験から言えば、「できれば誰かそれを理解してほしい」なんていう甘えも起きるものだろう。

 

自分は最初頃、臨床分野にいたもんだから、そうした観点から言えば、自分の強みはなんだ・・ある種のできる子(勉強のできる子)の悩みが分かることでは?と思ったこともある。それは学内の学生相談室(当時、臨床の院の先輩たちが助手職として勤務していた)スタッフとしてはあっていい、役立つ資質である。

 

最近では「勉強の哲学」(千葉)なんて書籍も出て、勉強するほどふつーでなくなり、変な人になっていくということもだいぶ言語化されてきたが、自分なりには、偏差値が高いことは、分布から言えば「異常」であるという観点は大切と(本郷での授業で)語ってきた。

 

自分が簡単にわかることが人には分からなかったり、そうした発想に到達しない人がいたり、とにかく周りと全然違うことを考えたり、発想したりしがちで、生でそれを垂れ流すと悉くひとと「違う」ところばかり目立ってしまうのだ。しばしば処世術が必要である。自分の考えることが当たり前とか、今思っていることが当たり前だと思い過ぎないこと。とりわけ「勉強」については人は自分ほどできないのが当たり前であることをきちんと内心心得ていないと時にひどい目に遭う。

 

わたしは塾業界が長かったからわりに早々とそういう状態は抜け出して、相対化されたと思うが、塾の授業ではもちろん自分なんて絶対に基準にしないし、「わたしはこうしてきたから」なんてことはひとことも言わない。世間ではいろんなことで、「自分の経験を基準にものを考える」人たちが多いらしいが、自分のかつての悩みは、「人は絶対自分の経験とは違う」とはねつけ過ぎる問題点であったように思う。「どうせ理解されない」病みたいのが深くて、「何を言ってもどうせ誤解されるし、真意なんか伝わらないし・・」のちになって、それはコミュニケーション上の工夫の問題でもあり、常に自分の感性にもとづく「生のことば」なんて、「誰だって」伝わらないものだと気づいた。だけど自分はいまのところも「すごく共感してわかってもらえた」という人生経験は皆無である。今は期待もしていないが。

 

だから、時に同じ志を見たとか、簡単なところでは同じ研究テーマであるとかで、何か「共有できた感」があって学会に参加してよかった~みたいな(サービス)反応が見られることがあるが、わたしはそんなこと一度も思ったことがない。

 

自分と研究スタンス同じで同じねらいで何かやっているという人は若い時からそもそも見たことがない。国内だが。あまりに片隅のニッチでやってたからかもだが、そもそも人が自分と似ているという感覚はこれまで持ったことが一度もない。

 

話を戻すと、東大生であるだけで、あるいはN校生であるだけで、おおげさに言えば「人間でない」という扱いをしてくる向きもあるし、逆に自分とは分かり合えないと(特に低階層の人が)決めてかかって(実際そうかもだが)、はなから距離を取ろうとするのは普通に生じる日常茶飯事だ。冗談会話でよくあるネタだが、世の中には、「N→T大なんて実物初めてみた!」とか動物園か見世物小屋のように言う人がいるが、「いや、だってそれ人口的にはT大出身で一番多いかもですよ(まじにいえばKの方がもう多いだろうが)」というわけだ。

ついでに言えば、うちの実家の150mくらいの通りにそれは4人もいた。身辺的にはなんも珍しくないのだ。理Ⅲはうちの学年受験のとしで23人だから、当時の入学当初定員90名の25%、4人にひとりはN校生ってわけだ。今でも同窓会するとそうした医学界でのメジャーメリットはどうやらあるらしいと聞く。ちなみに文系学者のメリットはない。理Ⅲに23人入っているときに文Ⅲは3人だけだからだ。

 

すぐ話が脱線するが、若い時のうっすらした悩みは人からの乖離感(距離感であって解離性状態ではない(笑))、孤独感みたいなものだ。頭がいいと人間性がおかしいんじゃないかと思われやすいし、また実際わたしのように人間関係がうまくないタイプは、市民運動の現場に行ったって浮きやすいし、同じ東大生の同僚が一時的にいたことがあるけど、〇〇さんはKさんとは違うという認定で、〇〇さんの方がよりふつーな人間性豊かな人と認識されてわたしとは区別されていた。結構そんなこんなで、大学院初期のころはかなり生意気だった自分であるが、市民運動経験がいまひとつはかばかしくなくなるとちょっと自信も失せて、院に戻った時は臨床からの離脱半分、破門半分みたいな状態でちょっとおとなしく、より内向的になっていった感じがある。社会心理をやることでより外面を形成するようにはなったが、人との乖離感や世間との乖離感は保ったまま、しかしそのお蔭で?より相対的な視点でひとごとなことを語ることはできるし、それがよいことかどうか、適切かどうかはわからないが、これが自分のやり方だからそれはもういいんだという心境にはなった。

 

乖離感のもうひとつの根っこはたぶん、T大生とか学歴高いとかのステレオタイプにくっつくような文化性の高さが足りないからだろう。なんどとなく、ここに記しているが今もある意味貧乏だし、小学校で貧困地帯にいたせいで、三つ子の魂的に塗りこめられた文化性があまりに庶民的で、友達のところでだらだら遊んでいても、そこのおやじは本なんか読まないでビール飲みながらひたすら巨人戦やプロレス見てるみたいなおっさんばかりだから、自分はむしろそれが懐かしいというか心のふるさとというか、なぜ自分の家から影響が薄いか分からんが父は転勤で不在が多かったし、自分が尊敬していなかったし(ひどいな)、あまり模範にしたくなかったからかもしれない。

 

すると、偏差値は高いけど文化程度は低いみたいな状態になって、だから学生時代も文Ⅲのやつとしゃべったりすると、むちゃむちゃ話が合わなかった。とにかく品性が高いとバカにされる小学校でまるまる6年過ごしたもので、もともと肌合いがあったかどうかわからないけれども、ひところまでは自分も品性の高い人を馬鹿にしていたくらいだ。(ひところはイデオロギー的に反ブルジョワジー、反プチブル文化みたいな理屈をつけて)きれいな壁を見ると落書きしたくなる心境というか・・。

 

すでにでもこんな心境はいまどきのこまば生には当てはまらなさそうだから、学生相談上も授業運営上ももうあてはまらないが、ひとつだけ、現任校や前任校の学生たち(ステレオタイプ)と違う点はあるだろうと思う。

 

それは、「自分でこの日本を動かせる」と思っているかどうかだ。

 

これはいくぶん大げさだが、比較的日本の中枢に近いところや日本のなかの代表的な、ある意味経済界では影響の強い伝統的な?立派な企業の一員(しかもいずれは経営陣に?)になれると思っている、その見込みがあると思っているので、日本が自分の手にあるとある意味思っているということである。

 

これはたぶんでも生きていくうえでだいぶ違う話で、「お上」は自分とは無関係と思うか、「自分がお上である(徳川幕府幕閣みたいな)」と思っているのではだいぶものの考え方、ものの捉え方、日常のセンスも違うのではないだろうか? 

 

なかには「そんな感覚、普段全く持ったことがない」と思う人もいるかもしれない。そう、N校生にとっては、少なくともこんな狭い小さい日本くらい、「当然に自分の手が届くところにあり、自分が主体性をもって動かすことも可能な地点」にあるものとしか見えない。自分だって「もし自分が政権とったらどうするか」という発想でものを考えたことは何度もある。政治家にはならなかったが。

 

だからそういう観点から言えば、悪い意味でなく、「エリート」予備軍である東大生にはそれに見合った教育はした方がいいと思うし、勘違いせずに冷静に心得てほしいことは今から見てたくさんある。

 

だから特に本郷では、「統治」をどう考えるかという話はするつもりだ。もちろん民主主義社会は統治する社会ではないが、実際には今は統治されているので、統治をどう考えるかは大事なことだ。それは政治でも法学でも経済界でも大学人でもそうだ。そんな話をまじめに聞ける人たちもたぶん東大生しかいないし、ある意味そうしたことばがうまくまっすぐ伝わればいいなと思っている。

 

こまばの方はそこまでは無理だろうが、一方、たくさんの科類がいるので、そのさわりくらいは伝えたいということはある。

10人面会して謝ったよ

だから、わたしが公募に勝手に応募して出て行くわけで、取る方から強烈に一本釣りとか着任の依頼相談があったわけではない。

 

なので、むしろ現任校への不義理の方が大きい。明らかだ。

 

しかし、記したように理由の80%は家庭問題だから、別段大学のせいではない。しかしどうだろう。こういう具合に「仕事に家庭のことを絡ませる」という点において、古くからの人、自分よりも上の世代の人(世代の問題ではないかもしれないが、おおざっぱに言って)はおおむね理解のない傾向が強そうな気がしてこわい。

 

前のところだって、ある他学科の男性教員が育児上のことでいろいろ注文や限界を言っていたら、非常に冷たいことばや皮肉、からかいみたいなことが浴びせられていてひどく違和感があった覚えがある。

 

ひとりの人間のすることだから、仕事と家庭が切り分けられるわけもなく、ひとつの24時間を分割しているのだから、影響が出るのは当然だし、交互作用めいた効果が生じることだってあるだろう。

 

だからアメリカでときおり見られる研究者の夫婦採用だって、着任してほしければ一緒にとか、当然あり得る要望なのだ。確かに西洋の夫婦ペア意識も特定文化の表れで特殊とも言えるが、アメリカで単身ぶらぶらしていると(伴侶がこの世に存在しているのに)、違和感が感じられてしまうと言う逆の偏見効果もあったりする。

 

でもおおむね団塊の世代以上は、仕事するならその人の力100%投入があたりまえ!という文化で育っているようだしねぇ。わたしは前任校で講演に子どもを連れて行ったり、大学に子どもを連れて行ったり(せざるを得ず)、いろいろあったが、ここの学長はいったいどういう人だろう。

 

なんだかんだ理解されないところがあっても仕方ないわけだから、最終的には退職を是認いただいたら、在外研究費返還は仕方のない落としどころなのだろうな。

 

脱線するが、学部への迷惑について思い出したが、前任校では、すでに学部へ配分された予算のなかから在外研究費を出し、その年々で異なるその残額から頭割りしてひとりの研究費を出していたので、在外研究費の意図と異なる使用(十分帰国後の教育に生かされない)というのは、直に学部教員の迷惑であり、こうした経費は返還されてきた。

 

K大の場合には、そうではなく、はなから全額経費のなかから海外研究員、国内研究員の経費を決めて支出している。もちろん残れば予算残額次年度送りになってめぐりめぐって大学運営の運転資金に影響が及ぶわけだが、学部予算から没収されるわけではない。

だから、ふつうの立場の社会学部教員はそれはめぐりめぐってはあるが、別段自身の研究経費との連動もあるわけでなく、誰かがやめようが着任しようがたいてい自分とは関係ないし、持ち駒のバッティングや増負担がなければ(今回みたいに新着任教員が予定されていて増負担がゼロとか)、個人の負担感において何も文句はあるはずないのだ。

ただ悔しい、しゃくだ、不愉快だという問題に過ぎない。ホントそれだ。

なぜプライドがそんなに脆弱なのか分からない。学長もプライドが脆弱な人でないことを願うばかりだ。

わたしがいようがやめようが、関西の立派なリーディングなメジャー私立大学であることになんら変わりがない。もっと優秀な若手教員と入れ替わった方が、学生のニーズにも合いそうだし、ずっと発展的でよいと思うぞ。

 

わたしはなにをとっても改善したがるたちで(改悪は嫌いだが)、意見はうるさく言い立てる方だ。K大はそれに向いている、活発な大学というイメージがあったが、それは幻想だった。今はとっても保守的で特に社会学部は何も変えたくないみたいだ。わたしみたいのはじゃまになるだけだからいない方がいいと思う。だいたい権力に楯突くのが趣味みたいなところもあるから、そういう振る舞いが嫌いな方々(社会学とはそういう学問かと思っていたら大きな誤解だったようだ、ある意味とても権威的である)にとってはとても目障りだと思う。

 

適宜、人材は、適所適材で振り向けるのがいいと思う。そういう点でおとなしい今時の聞き分けのよい若手を採用したらよいと思う。いざとなったら、学長の目の前ですくっと学部長の目を見て、「社会学部でわたしの何が必要でしたか?」と尋ねてみるのも面白いかもしれない。でも今の学部長は個人的にすごく好きなので、あまり追い詰めたくないからな。南海ホークスがあった頃を書かかれた素晴らしい研究者です。

 

 

 

復帰

職場のことであるが、戻ることになるから、誰でもフツーに談合があったものと思うかもしれないが、はっきり言ってそれはない。

むしろ「出ていった」ことを不快に思ってる方もいるので、ガチだ。単に他の人よりも内部情報に詳しく、「今」どういう人材がほしいだろうかについて、実際にはいくつかのパターンがあるが、それらを知っているということである。

出ていく時点ではこのあといつ人事が起こるか知っていたが、その後定員増やその手当て、臨床分野の補充などかつていたときにはなかった課題への新たな対処から時期、数について正確な情報を持っていない。

私が内心いつの日かの「復帰」に関心あることを知っている人は複数いたが、現実的かつまり実現する見込みがあるのか、いつどうやってとか何らの合意もない夢語り的な側面があったと思う。

HK先生退任にあたっては直前3月に聞いた話で定年2年延長と聞いていたので、その点めちゃめちゃ油断していて、海外に行ってる間に人事があるとは思ってなかった。

その情報以前に会った関係ない他大学の人には応募の起こる可能性について言及したのが二人だけいるがそれも確たるものでないという話としてだ。

公募は誰に知らされた訳でもなく、自分でJrecで発見して驚いた。ホント驚いた。万一公募あるようなら教えてと伝えていた人もいたが、知らせもなかった。あとから聞くとそういう内部的情報、個人的やりとりは一切禁止といった申し合わせのようなことがなされたらしい。情報の遮断だ。もちろん公平を期すために。

事務的な問い合わせとして学科長に「海外にいるので海外からの発送と自宅からの発送と2つに分けて発送してもよいでしょうか?」と問い合わせたら、シンプルにダメ、海外から家に送ってひとつにまとめて一個組にすることと指示された。

うちの連れ合いはそうした細かい事務的な作業は苦手だ。恐ろしい....。

自分でカメラ、写真をとって写真用の用紙にプリントアウトとかした。

結論をいえば、HIRC的プログラムの何らかの継続は必須の課題であり(部屋がなくなるし)、学科名に比して手薄になってしまった社会心理プロパーの代表的な顔になって今後の学科を牽引し、プロジェクトを企画したり実行したりできる者。スーパーグローバル対応として海外に有用なつてのある者、英語で授業もできる者、社会心理領域を広く見渡して各分野にも広く目配りして適切に概論という基幹科目を運営できる者、実験演習も調査実習も両方できる者ということだ。

院生に統計的指導や研究法の指導、海外への引率、総合研究へのゲスト講師のつてとかこれらも確保できればいいだろう。

「知ってる者」をとる。もちろんその傾向はある。業績があってもとんでもない人物を採用すると同僚としての業務や日常に差し障るからだ。

結果いくぶん有利になることは否めない。でも責任は重大だ。期待は重い。

呼び出し

来週に学長からわたしと学部長に呼び出しかけられた。とにかくいろいろと正直にいうしかない。意見を聴取、確認してくれるのはありがたいことである。

よもやま2

まぁ謝るというのも日本の組織らしいことであって、職業選択の自由、権利ということでいえば、芸能プロダクションじゃあるまいし、もともと他年次契約を交わしているわけでもないから個々の人権に基づく活動がなされていることのお互い様であり、迷惑はかけてもあいみたがいのように考えないと人権を守る個人の自由は保障されないのであるから、妙といえば妙なものであるが、日本社会に生きている限り、礼を欠かないように謝る。すでに礼を失した行いをある意味してしまっているのだから謝る。

 

学部長に謝るアポイントは来週にとったので、本日は朝、学部事務に顔を出し、代表のグループ長に謝り、手続きの一部について押印をし、本日いまのところまで専攻教員13名中8名にご挨拶し、かなりの部分に達した。学部の教員みんながいる教授会が行われた水曜日はさすがに気が引けて出校できなかったが、今日木曜も心理の教員はかなりいるだろうという予測は功を奏した。最も大切な方は2限が空き時間という読み通り、まず最初に顔を出すことは叶ったが、もちろんことはあまりはかばかしくなく、ただもう謝るのみである。その他の方々はいろいろたいへんさに逆に慮っていただいたり、責任のある方はまだ今後の事務的に未定の部分(授業)の確認など冷静なさらっとしたやりとりもありつつ、それぞれ一段とこういう修羅場では(こっちがなのだが)個性が表れるものである。もう話も聞きたくないというはなから拒絶モードな還暦過ぎのおふたりもいる一方、若手はまだどこでどうまみえるか分からないこともあるし、自分がいつか出て行く事態もあるだろうし、わりにひとごとな感じで、どうでもいいというか、そう気にしていないというか、そんな感じがある。

 

一番感情的に友好的で実のあるやりとりを一瞬だができたのは、むしろエレベーターに乗り合わせた社シスの若手女性教員だ。着任時が同じなのだ。どこでもそうした一種の同士的感覚は大切だ。

 

さて茨+針のむしろをゆっくりと痛がりつつ歩き回るのもしばらく続きはするが、たいがいにして、明日は院生とのメーティングだし、仕事もせねばなるまい。

 

長期間プリンターを使っていなかったので、印字がうまく出ない。なんどかヘッドクリーニングしてもうまくいかない。いつか回復するのだろうか? 実家のプリンターもそんな感じで困っている。アメリカで使っていたやつは今船で運搬中だ。PDFだけでことがすめばいいのだが、研究費のはいちいち打ち出して押印して出さなければならない。もう帰ってきたし。アメリカからはPDFで送ったりしていたが、さきほどそれもまとめて押印してきた次第だ。研究支援課の事務の方々へのホールフーズマーケットの自然志向の石鹸は結構好評のようだった。るるぶさん情報提供ありがとう。学部教員もたいてい紅茶だが、IH先生だけは前にDHCの石鹸もらったこともあり、お土産を石鹸にしてみた。

 

久々に背中から夕日が差して、下に名神高速道路を見下ろすことができる。この雑然とした研究室も徐々に片付けていかなくてはならない。以前は昔のデータを使うかもと思い、たくさんあるテーマや研究プロジェクト毎のファイルボックスも全部そのまま持ってきたが、もうふんぎりをつけて全部処分していくつもりだ。7階で処分していると周りが不愉快だろうから、土曜とか日曜に来たときに徐々に5階あたりのごみ箱にがんがん入れておくつもりだ。すると月曜日の朝早く廃棄がすむ。

 

引っ越しは人生から離れないのか、好んで自分がわざわざ行っているか、中毒になってしまっているのかもうなんだか分からない。本当によく引っ越す。そりゃ自分のせいだよね。生前のYMMT先生にふと「ぼく今年で5年連続引っ越しなんですよね」と言ったら、素直に「どうして?」と聞かれて、ふと「どうしてだろう・・・」なぜ自分はこんなに居所を移しているのだろう(そのときは三鷹→田無→保谷→大泉→アメリカ→帰国大泉)と思ったが、そのときも今も答えは出ていない。要するに落ち着きがないのだろうが、なぜ落ち着くことがきらいなのか自分で自分の無意識がわからない。もしかしたら結構な闇かもしらないが。

 

しかし、いつも慣れた作業を淡々と行っていき、またも研究時間のむだづかいをしてしまうのであった。(言い訳になっていないからセルフハンディキャッピングとしては機能していない)

 

 

よもやま

タイトルには出さなかったのに異動のことについて、突如アクセスが75件にも跳ね上がったので、まじめに書いておきます。

異動の理由は80%方、こちらの家族の私的な事情です。介護支援が必要で6年前に実家の芦屋に戻ったのだが、現職場が得られたのは幸いでした。

もちろん関西でのプレステージや私学としての水準、伝統、キャンパス、研究室、大学院といったさまさまな貴重な資源もあった。

ただ、言われていたものと異なるいくつかの点はあった。
1 給料は大幅に上がる→下がった
2 授業時間は自由に選べる→固定必修コマ多く不自由
3 実験実習などの細かで手数かかる授業からの開放→むしろ2種類のコマ担当で負担増、特に初級実習は回転無しで自分で6種目ほど実施しなくてはならず、そのため、レポート採点も煩雑。専攻での約束事が多く不自由(教育的にはよいことである)。
4 役職に手当なし。大学院心理学研究科副研究科長、学部の専攻長の2つをこの間務めたが、両方全くのただ働きである。実際の金の問題もあるがそうした制度を許容している学内風土にも疑問は感じた。
5 定年が70でなかった。65歳以降定年延長にはいちいち専攻、学部での承認が一年ごとに必要。(定年延長は2年まででそれ以降3年は契約形態が変わり給与は大幅にダウンする)

以上は原因というより、単に言われていたことと違っていた点であるが、特に2、3については分かっているのにある意味確信犯的に虚偽を語られたわだかまりははっきりしたニ、三年目以降リアルに不自由さの原因になったこともあり、ひっかかっている。

時間の件での決定打はさらなる役職に着いた場合(学部執行部、少なくとも10年に一度とか)月、水、金に会議があるという対応不可能な事態に昨年気づいた点だ。

詳細は記さないが家事災難以降うちは貧乏なので東京往復する資金に不自由するわけだ。今までは東京での非常勤給与を交通費にぶち込んできた。

なら、往復しなければよい? 

これが最もごめんなさいの原因だがうちの特異な事情で妻自身も支援が必要だし、うちは簡単には生きられない家庭なのだ。遠因を上げたらもう結婚を失敗したなんてひどいことを語らざるを得ない。実際、アメリカ行きについて家族が付帯しないことがはっきりした時点で家族のための研究拠点選びだったのに、大喧嘩になり、渡米を期に離婚はかなり現実的だったし、今も息子のために控えてるだけで、完全破綻している。妻は夫というひとりの大人に対して仕事含めて介入と影響を与えすぎてきたのだ。人間ひとりのわがままが大勢の同僚たちに与える悪影響について最後の最後まで無頓着で自己正当化が止まらない。離婚はひとりの意向ではできないから、裁判すると手間がかかるし、なかなかに相手が最後まで悪く言えば相手から確信犯的に経済的搾取を継続しようと考えている場合に対処しようがない。その点負けなのだ。こいつをつかんだ自分がバカであり、悪いのだ。自業自得、仕方ない。

でも人ひとり見殺しに文字通り命絶えるのを放置できないから人道的には生き続けるための支援は途絶えないようにしてしまう。前も書いたが実際体が弱いということはすぐ横で長年見ていないと到底理解できないさまさまな難しいことがあるし、人からはなかなか理解されないのだ。夜中に吸入させるとか、少し歩いたらすぐ休憩をこまめに取るとか、雨に出歩かせないとか(お香会など必要時は車でドアtoドアで送り迎えするなど)…。

こうした、家族事情(結局家族が言を違えて関西移住しなかった)に因ることが80%なのだが、(ここで通信ツールを持たないままに関西に移動したため、中断でとまってしまいました、すみません。とりあえずスマホ買って、ネットのひかれていない実家で今テザリングしてつなげました)その他の20%にはやはり心理学部設置問題のごたごた騒動とか、現在のそれのぶり返し状況があるとか、たぶんそれも解決しないから結末をみないまましばらくはこれが何度もぶり返されるだろう学内状況とか、上記の「話と違った件の部分」収入ののっぴきならない限界とか、役職につくと月水金に会議がある体制で、こちらの生活スタイルと圧倒的に折り合いが悪い事が昨年判明したとか、移る先の大学の事情やそこへの愛着とかがもろもろである。

院生については極力支援を続け、いずれ本人の判断をふくめなんらかの推移を見せていくだろうと思われる。

元来理性的に冷静に考えれば、すでに今年いなくてその条件で組まれている時間割体制で、次年度新教員が1増という好条件で去る分には、ゼミも持っていないし、専攻の事務的な「手間」は最もかからなかったケースとも言えるはずであった(予定が違っていくらか事故的になんやら生じているのだが)。しかし、人はもちろん理性の生き物でないことは授業で自分でも語っている通りで、むにゃむにゃだ。なんだろう。5年居て正直それほど専攻にとって必須の人材という印象は自己評価では全くなかったし、若い教員と入れ替えても全然いい気はしていた。約束通り、大学院の改革は博士論文については少し改善が前進し、だが、自分でももっと根本的な手当てが必要ではないかと思われた点は意見が異なり、むしろ改革はつぶされた。改革派vs保守派みたいな状況で、日和見勢力が保守についたので票数で負けたのだ。もちろんこういった「政治」はもっとていねいに時間をかけて根回しをよくするとか、政治技術をもっと鍛えて発揮すればどうにかなるものかもしれず、自分自身の力不足の自業自得であるともいえる。コスパ的に東京往復生活のなかで自分の時間を犠牲にしてそこまで学内問題に力を注ぐ期にはなれなかったし、新参者について何をどう根回しするのか難しすぎたという点もある(それをやるとするならばわたしとは違う人の役回りだろう)。その違う人の役回りの実力や現実成功度なども手探りで見えない(知らない)ままに突き進んだわけでそれは結果的に裏目に出た。でもこれら全部全部ひっくるめてもどこの職場にいったって完全満足ではない、不満点や改善可能点はあるわけだから、大したことないといえば大したことない、むしろ恵まれている点の方がよほど大きいかもしれないから、ひっくるめてせいぜい10%を構成するだけのことで、10%以上は次の職場への愛着なのだからこれもこちらの心情的なものであるし、人に文句を言う筋合いなんてものは全くない。

ということで関西にとにかく来たので、あした大学に登校してまず謝る。 すでに手続きは11-12月以来進んできているのだが、こちらが顔を見せていないからとにかく明日ついに顔を出してまず謝る。そこからだ。