zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

幼児教育?

あの頃、こうしたブログがあればよかった。いや、なんかあったのだろうか? 一体Mixiをいつから始めたのかもう覚えていない。2000年代初めころはMixi流行っていましたね。

 

ひょんなことから、ちょっと人の教育に関わることにもなったけれど、思いつきを綴っておきます。もう記憶の彼方なので大事なことを思い出せないかも。

 

人のことの件はまぁ勉強はやらないという方向で、それでいいという方向だが、自分ン家では過去小受をやった。いろんな事情もあった。

 

で、心理学界隈、とりわけ発達界隈では「早期教育」という概念の評判、評価はきわめて悪く、ほとんど意味のない虐待扱いと言ってもいい。しかし、もちろん個人差があるから子どもによってはいろんな有効性があるし、とりわけ一般の人(もしかして発達の人)も思い込みだけで、実際やっていることや教材を見たことないという向きもあるかもしれない。よくできていると思う。

 

頭の悪い思い込みでは、教育=学校の勉強という連合が強すぎるので、4,5歳なのに算数やったり、難しいことさせたり、要するに小学校低中学年の先取り教育を連想するのだろう。それしか、自分が学んだことがないから、連想しようがないのだろう。

 

大学入試がいろいろ各校の工夫で進展してきたように、小学校だってまじめに才能ある子供が欲しいし、変に伸び悩みしたり、歪んだ子がほしいわけでは全然ない。あたりまえだ。だからいろんな工夫が歴史上発展してきた、独自の発展を見せてきたのだ。

 

そのひとつが「巧緻性」だ。手先の器用さ。

ものをつくる。 紙工作など。もっと大きなものを自由に組み立てる、あるいは共同作業で組み立てる、作品をつくるというのもある。

これってむしろ文科省や政治家の好きな全人教育というか、ペーパーでない全人的な査定じゃない? みんなで何かやっている姿を見る。これは共同作業部門だけど。

 

巧緻性に戻ると、もちろんこれはひとりでできるので、いわゆる小受向けのお教室とかに行くと、紙を切ったりする。もちろん5,6歳などまだはさみも下手だったりするので、そうした基本的な手先の使い方がうまくなる。まぁ誘導的な自発性みたいな感じだが、「〇〇をつくってみよう!」みたいな感じで子どもが興味に惹かれれば自分なりに喜んで紙を切って貼っていろんなものを作って遊ぶのだ。あまり誘導、操作をかけずに、なんでも作ったらほめまくる感じで、その場を楽しむのが一番の目的だ。もう18年前の子ども成果を威張っても意味のないことだが、ウチの子のはずっとそのお教室の見本みたいなのに飾られていて見栄えがよかったようだ。「コイツモノづくり好きなのか・・・理系か?」とか、そんなに早く文理を決めつける必要はないけど、親ふたりが文系だったから、ちょっと頭においといて気をつけてみないとなと思ったもんだ。わたし自身はあまり「実働部隊的に現場的に何かものをつくる」というのはあまり好きではない作業で、もっぱら「考えること」だけに楽しみに見出す非生産的、妄想的なタイプなので、ある意味、「嬉々として工作に熱中する子」は新鮮だった。

 

数学でも国語でもその要素を分解すると、「数える」→注意を向ける。読む→注意のコントロール、前の文節を記憶して関連づけるなどといった認知過程が働いていることに気づくだろう。

 

「お受験」はそこだ。だから、計算をさせるというより、「注意のコントロール」だ。まさにそこを練習するのがうちの子の場合、必要だったのだ。それにたいへん役立った。

 

注意と記憶では、たとえば教材はこうだ。熊さんがタンバリンをたたている。うさぎがトランペット(子ども的にはラッパ)を吹いている。ねずみが太鼓をたたいている。これを何十秒か見せて、ページをめくってしまってから、「ラッパ吹いていたのは誰?」みたいな。

 

別に生活上害になるほどの作業ではない。こんなことを15時間とかしていたら狂うかもしれないが、起きている時間14,5時間のうち、ほんの20-30分でこういうことをしたりする。お受験嫌いな人はたいてい作業を見るとまるで一日中それに従事しているように錯覚してそんなことより子どもと遊べと言う。遊んでますけど。

 

起きている時間のもっと長い2,3時間(忘れた)大泉中央公園に行ったり、朝霞の公園に行ったりして走り回って遊んでいるし、6歳くらいには他にサッカーボール蹴るとか、大きいボールの投げ合い、パスをしたり(実はこういったことも試験する小学校がある。体育の試験をするのは、体育大学、体育高校以外では、小学校受験だけだろう。そういう意味でも全人的能力wだ。筑波大付属小学校の「熊歩き」は定番で有名だ)、でもうちの子は「統制されたゲーム」にはなかなかなじめなかったので、ただもう自由に走り回るのが大好きで、ほとんどそれを追っかけている(事故のないように、実際アメリカで一度低い階段から転落している)。 もう青い芝生を見ると反射的に走り回るみたいな。子犬のような感じだ。買い物とかで車で走っていても広くて青い芝生を見かけると、妻が子に「走る?」と聞いて、「うん!」と力強く答えたら、とりあえず車を止めて走り回る。そんな日々だ。

 

だから、14時間いろんなことをしているのだが、そのごく一部、ごく一部の時間で、注意の作業や記憶の作業で、注意力を鍛えるのだ。手先の作業では線を引くというのもある。鉛筆で図形をなぞる、あるいは、数を順番に線で結んでいくとなにかの図が立ち現れるとか、定規を使わずフリーハンドで線を引く(ちなみに東大の数学は定規を使わずにグラフを書かせる)。きれいな図が浮かび上がって楽しむためにはきれいに線を引かざるを得ない。やれと言われてやるのではなく、そうした方が楽しい仕組みだからきれいに線を引こうとしてしまうのだ。もちろんしつこく言うがぐちゃぐちゃのお絵描きをする時間はこうしたことをしている時間よりも長い。

 

自分なりにクマを描いたり、馬を描いたりとかのなじんだものの描写もする。その前提はもちろん「動物に出会う、動物園に行く」(2001年の小学校の頃にはレーニア山近辺で野生のシカやリスにたくさん出会った。国内でも北海道とか行って、十勝のウマや放牧している羊などはたくさん見た。動物園は言うまでもない)が前提だ。

 

「知識問題」では、自然に経験していたら身に着く「行事」みたいのがあって、行事を描いた絵を見せられて季節を解答させるってなことがある。鬼に豆をまいている図で(なかなか実際に絵のような鬼に日常出会わないが、紙のお面とか季節には売っているというか豆のおまけについていたりするから、それかぶって節分する)「冬」と答えるみたいな。ひな祭り(女児に有利)、海水浴、雪山でスキーなど、結局こうした小学校お受験の問題群は、受験者のご家庭をして、子どもにいろいろな体験を促す仕組みになっていて、子どもはもちろん概念的、抽象的に記憶するのはまだ不十分だから手っ取り早いのは経験されることだ(ところがうちの場合は経験しても覚えないのでw、言葉でしっかり説明した方がよほど記憶に定着した。そういう子もいる。幼稚園で○○くんはおせち料理を知らなかった。おうちで作ってあげていないんですか?と聞かれて仰天した。あんなに毎年つくっているのに!みたいなw。「それが正月の特別の料理だ」という位置づけの理解が薄かったらしいw。ことばがやや苦手だから「おせちりょうり」ということばもあまり覚えない。自分のなかで「これ、あれ」という感じの記憶なんだろう。)。出題される「図」があのおせち料理を表象しているのだという理解もやや苦手だったので、初めから図と説明をことばで放り込むとすぐ覚えた。

 

うちの子はお教室的にも少し変わっていたようだが、お教室の言う「ふつー」では家族旅行やお出かけで実際体験させると子どもはそれを記憶するそうな。

 

ということで、ある意味効率的にお受験の課題を突破しようとしたら、おせち料理を食べ、初もうでに行き、花見に行き、海水浴に行き、秋祭りを楽しみ、紅葉を味わい、スキーをするという一年を「過ごさなくてはならない」(笑)。お受験すると勝手に充実するぞ。人から言われてやるのなら不愉快だが、まぁ大体というか少なくともウチはお出かけが好きだったので(妻がからだが弱いから全部温度コントロールした車でのお出かけだが、芝生で走り回っている間は妻は車内で待っているか、ひそかになんかの草を摘んでいる、土手ならつくしをとって後で煮るw)、それはそれはいろんなことをした。本当に自由な時間があった幼少期は楽しかった。たいへんだったけど、あんな楽しかった時代はないくらい。それは小学校中学年くらいまで続いたが、小学校になると夏休みとか特定の時期でないとまとめて遊べない。秋の3連休とか使うときもあったが。

 

いつもわたしが運転して、疲れていてブーブー言うこともあったので、ときにはトラピックスのバス旅行なんてして、一泊で穂高志賀高原とか、伊豆半島でいちご摘みとか、いろいろ忘れたが、これもかなりやった。トラピックスのバスは安くてひとり5千円、8千円とかでできちゃうから、入館料ありみたいな企画は食事代こめれば損はない。

 

まじめに受験が近づくと、ただ無茶にからだを動かしているだけではまずくなるので、ターンとかスキップとか指示行動が出てきて、そうした指示への反射とかからだのコントロールとかも生じて来る。父子で大泉の体育館に出かけて行って、マット運動や平均台(跳び箱の一番上の段を置いてそこに平均台の片側を載せて傾斜平均台をつくるのが常套的、もちろん転落しないように横にへばりつく)、ケンパなどをする。暁星は伝統的にサッカー好きでドリブルさせるから、赤いコーンを買ってきて、家の周りの道に並べて(幸い3軒先がもう畑という呑気な田舎に住んでいたので、車の通らない広い幅の道がある)ジグザグドリブルとかやっていた。一応シュート練習も。お陰様で受かった。

 

あと他にもいろいろあったような気がするが、もう昔で覚えていない。当時は家にコピー機を買って、教材的なもののコピーをがんがんつくって、2回3回くらいやるってなこともしていた。何度も言うが一日のなかでそれをやっている時間はごくわずかだ。うちは大部分おでかけしているので(大泉は車に乗らなければ買い物ができなかった)。そういえば、幼稚園のときは、スイミングと合気道をやっていた。(ご存知の向きがあるように、くにたちに越してからは、合気道が近くになかったのでなんと極真空手になって、これは長く続いた)。小学校からやってわりに長く続いたのは、空手と茶道とピアノと宇宙少年団だ。今も宇宙空間でお茶をたてる工夫を考えている。スイミングはわりに長くやったが本人としてそれほど泳ぐことへの執着というか、めっちゃ楽しいとかはないようだ。近視なのでよく見えないというのがマイナス要因らしいが、ただ基本のからだを鍛えるのにはかなり貢献したと思う、心肺機能とか。

 

ということで、お受験は、ペーパーだけでなく、ものづくり、共同作業、運動など多角的な面からなり、それぞれ6歳くらいでできて悪くないものが多いので、妙な偏見が食わず嫌いするよりは、ググったり、教材を調べて、お教室に通わなくても自分の気に入ったものを取り入れて一日10分くらいはそれで遊べばいいと思う。たかが10分。もちろん子どもが嫌うならNGだ。教材はそうしたコーナーでこぐま会がたくさん出している。アマゾンでも売っている。別にお教室=人生ではないから、おもしろければ利用したらいいって感じだ。でも、最近は子どもの頃から、ダンスなどさせるのが流行っているみたいだね。くるくる回るような今風の青年がしているようなダンスですね。でもまぁ踊れた方がひとつの芸としてはいいと思うぞ。リズム感は大事だし(自分はさっぱりない)。そういえばウチのは最後までお遊戯ダンスは下手だった。下手で可愛かったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

始めに言葉ありき

社会が複雑になると、そもそもがめいめい勝手に考え、他者のこころは根本的に推測不能だから人の考えていることはわかりっこないという前提で出発すると、そこに意思疎通を成立させるために言葉なるものの役割が発生する。そもそも言葉、概念がないとこの世は成り立たない。人間的な社会(神が人間に与えた社会とも)という意味だが。

 

だからことばは大切である。

 

民主主義は民の意思を土台にして行う政体であるから、民の意思をどう切り出すかが重要だ。だからAI的集約という可能性もある。しかし現状ではことばを通して行うしかない。コミュニケーションは一回きりの宣言で完結する類のものではない。だから意思確認のため何度もやりとりするし、だからこそ言語的に説得も試みるし、そこで態度変化も生じる。やりとりする言葉は極力誤解を減じる工夫が施されることが望まれる。

 

前にも記したが、だから同じ事象をやたりに言い換えたり、誤解を招く誘導的な表現は戒められねばならない。学問をやる上で概念の定義が重要であることはもちろんだ。(常にそうとも限らないが)だから同じ事象の言い換え表現を好む日本社会はことばを軽く扱いすぎているのだと言える。

 

約束とは・・・本来、人と人との間のものではなく、それを見ている神との約束でもある。だから約束は重い、そして証言は聖書に手をおいて誓ってから行われたりする。目の前の他者をはぐらかし、ダマしたとしてもそうした人は天国の門から排除されるのだ。

 

そんな天国を信じない日本の人々においてはことばは軽い。うそを言うことがむしろ成熟した大人のしるしのようなものだ。ウソへの許容感みたいなことは欺瞞研究者の村井氏も語っていた。

 

今生じている安倍政権での公文書改ざん問題。「文書を書き換え、改ざんする」とりわけ公文書を・・その重大さを本当に民はわかっているのだろうか? 国会の審議とは選挙で選ばれた民の代理者である国会議員が民に替わって物事(予算など)を検討する場である。実際に実行をする部隊である行政に対して、その実行、していることが妥当であるか、どう予算を使いたいのかなどを審議する。行政は限られた人々であり、必ずしも民の代表ではない。公務員は単に公務員試験に合格して採用された人々だ。だから正しく予算執行などがなされているかどうか民の代理である国会が審議する。

 

そのときに実行部隊の行政がうそを語ってきたとしたら、要するにそれは民への背徳である。1億2千万人の国民をだまそうとする仕業なのだ。こうした説明をする場合には、明確な用語と概念で誤解なきように語らなければ話が始まらない。あいまいにしゃべる、はぐらかすというのはそもそも民を裏切り、愚弄する行為である。

 

ことばは現社会では民全員との約束である。言葉をないがしろにしたら、民主主義が成立しない。そうした説明をきちんとするために会議などの議事録も行政的決定の経過を記録した文書もある。だから「ウソの文書」というのはその存在があるというだけで民への裏切りであり、民主主義においてはその根幹を否定する万死に値する(は今時言い過ぎだが、そして自死者も出ている)振る舞いなのだ。

 

そうしないための現代的工夫として行政のインセンティブ構造の工夫が必要なのだが、官邸が上層の人事を握ったのでこうしたことが生じた。国家公務員試験うかってきた秀才が誰もこんなくだらないことで文書の複数バージョン作成とかしたいわけがない。官邸の奴隷化していることも情けないし、悪いことは悪いと言い、拒否もできない出世亡者も腹が据わっていないし、だが単に出世妨害や左遷、首切りだけでなく、権力というのは警察庁や公安を握っているためスキャンダルでつぶす仕業もより容易であるし、ひとりの人間が権力に逆らって人間的に豊かに逃げ延びることは難しくさせられている状況もある。近代化していない国ではなおさら、周りは簡単に自死者遺族のことを期待したりいろいろ言うが家庭状況は知らないが子どもなどがいたりしたら、その社会的生命が脅かされるとかなんとか脅された場合は、証拠をとって訴える仕業に出ない限り、遺族といういち民間人が警察勢力に逆らえるかどうか難しい点もある。政権のかたをもってことを報じるメディアもあるので、たいこ持ちメディアに社会的に殺されかねない。いやな世の中だ。

 

官僚達はもっと積極的に数を集めて政権を退場に追い込めなかったのか。そういうリーダーシップは苦手な人が多いのか・・。わからない。でも、時代は変化している。最終的に民を味方につけた方がなんだかんだ勝つという方向性は今後見失わない方がいいと思う。おとな、高齢者の理解は遅かったりするので、そういう方向に全世界的に動いていっているということは理解した方がいい。昔のようにもみ消したり、都合の悪い情報を遮断しようとしても今は決してうまくいかないのだ。できるだけ早めにさらすしか自衛手段はない。それを高齢の上の人、上司も心得るべきだ。時代の風向きははっきりしているのだ。

 

言葉を誠実に守ること。結局これが一番身を助けることだ。

文明との対決?

日本の現政権のことだ。

 

民主主義をより理想的に運営するためには、国民が主権者として事項を決定しているという政治的有効性の感覚、政策選択への有効性の感覚が必須だ。そのためには選択、判断の基準となる情報が開示されなければならない。しかしなお、政府関連機関、諮問会議などがいろいろ審議を行う。そうした審議に信頼を寄せるには審議過程の透明化が有効である。

 

したがって、文明発展の流れとしては、

 

政治への広い層への参加開放という形で進展すると共に、

決定過程の透明化、情報の提供というのが近年の重要な進展と言えるだろう。

 

前にも書いたが、日本ではとりわけ税金払いたくないという感覚が強い。これはとりもなおさず「税金の使い方は信用できない」ということだ。というか、民主主義国家(にちゃんとなっていないが)の感覚とは異なり、税金を「お上に納めるもの」と思い込んでいる。中世、近世と変わっていないのだ。

 

年貢ならお上が何に使おうと庶民、農民が口出しできるわけがない。それは吸い上げられて「取られた」ものだからだ。「自分(国民)のために使われる」という意識がいまだに薄い。だから少々政権が利得あげて、税金懐に入れて得しても「まぁそんなもんだろう、権力ってものは」という感じで、それを厳しく告発しようとなかなか思わないわけだ。

 

しかし、人類の知恵は、そうした権力は結局腐敗するものだということを学び、それに代わる方法として民主主義を発明し、工夫としてより国民主権を徹底する方策を模索してきた。それが文明の流れというものだ。

 

現政権は真っ向この「文明の進展の流れ」に逆行しようとした。ことごとく「文書秘匿」関連スキャンダルが多いことが報道でも指摘されているが、これは全く偶然ではない。

 

前近代では、権力者は情報開示を行う必要がなく、権力者は自分の思う通りに政策決定、判断を下していてよかった。安倍さんは主観的には「なぜそれが自分にできないのか」不満に思っているのではないか。たぶん彼の「権力像」は前近代のものであって、だからこそ時に国会で「だって自分は○○の長なんだから、何が悪いんですか?」と堂々と発言する。自分は何をしたっていいし、なんだってできる最高地位にいるはずなんだからという彼の思いが現れている。たぶん学校でも「そうでない民主主義的な権力」のあり方を学んだり、まじめに考えたりする機会と能力あるいは動機づけがなかったのだろう。

 

「権力とは暴走するものである」 これが現代の理解であって、それを止める手立てとして憲法などさまざまな知恵が集積されてきた。メディアによる監視や第三者機関などの存在意義も全部そうである。

 

しかし前近代思考であると(メディアも)、暴走をとめる役割の重要性にあまりまじめに自覚的でなかったりする。できればむしろ権力にすり寄って「おいしい目をしたい」ということだろう。うがち過ぎかもしれないが、安倍が朝日を徹底的にdisったあとに、暴露が出てきたのも朝日上層部の判断として「結局安倍の言うこときこうとしたって駄目だ。早く倒さないとうちはやっていけない」という判断が最上層部においても振れたのではないか。

ある意味、情勢判断や顔色見ている点では情けないのである。

 

村社会で国家を運営する限り、監視は働かず、検察も忖度するし、メディも企業も大学もみんな上層部たちはなんとか仲良くなって「内集団メンバー」たらんとしてしまうわけだ。

 

内集団ひいきを「公正」「正義」が打ち勝つには、文明の知恵、その流れを真剣に学び、受け取る強い意思が必要だ。

 

うらを返せば、だからこそ、そんなこと国民全員にできるわけがなく、そうした理性的公正政治 < 忖度する衆愚政治 となりやすく、人口の多い「民主主義」は絵にかいた餅であり、実現への道のりが困難を極める。AIを使うのがひとつの解決法とは以前書いた通りだ。絶望の末の割り切り策だ。

 

しかし、もしかして絶望へとつながる道であっても当面、「文明の流れ」として「よりよい(betterな)民主主義」を求めて努めることに価値がないわけでない。なぜなら遠い先に実現するかもしれない未来ではなく、わたしたちは、現在に生きているからだ。

 

民主主義を実現するためには、どうしたら行政組織が民の奉仕者となるシステムにできるか、民が意思決定に関与し、決定プロセスが徹底的に透明化されるかなど、この道を歩まざるを得ない。

 

もうひとつおまけをつけ加えると、紛争を解決する現代的あり方も経済やパワーバランスを併用して、現実的な戦闘が極力起こらないようにするのが賢い選択、外交であって、日本政府が今それを喜んでやっているようには思えない。「外交の目標」を何に設定しているのだろうか、一体。「勝ちたい」とか「優りたい」とかなんとか、まさに土人(前述)のケンカみたいなもので、文明の知恵としては、いかにそれを回避するかの賢い知恵のもとに国際機関がある。国際機関の言うことを聞かない、人権上の問題や情報開示の問題に後ろ向きになって拒否するのもまさにこうした「文明の流れ」に逆行する振る舞いである。

 

日本を文明の流れの先、先頭グループの一員にもっていきたいのか、それとも、それに背を向けたガラパゴス土人を目指すのか、はっきり考えた方がいい。どの方向に未来は開けるのか。

 

別に首相が交替しさえすればバラ色だとは全く思わないが。今、かねめの人はトランプと仲良しの安倍がやってくれた方が鉄鋼関税の「例外措置」に優遇される可能性を望んでいるかもしれないが、ほんとうにかねめの人は卑しい。


→(後日)なんだ結局トランプから梯子はずされてんの。ほんまにしょうもない「外交成果」しかないなぁ。

 

さあ、帰るぞ

アトランタに回って参加したSPSP。最終日となり、あしたフライトで日本に向かう。

 

今回は食事がすごく堪能できたのがよかった。

 

中身については、ちょっと変化を感じた。4月にボストンでやっていたSAS(感情科学会)などのせいか、脳神経の発表が減ったようで、感情神経科学あたりのセッションは昔よく出ていたのだが減った印象。Emotionもポスターはそれなりに盛んでEmotion Regulationのセッションはあるが、以前より感情関係も減った印象。林立する学会で分かれつつあるかもしれない。今、パーソナリティも別学会あるし、そうするとSPSPはわりに純粋に社会心理学に特化しつつあるのかという感じ。しかも社会問題を扱った現実的なテーマも増えている印象がある。どうだろうか。社会心理としては現実的なテーマで積極的に貢献を探るのはよいことであると思う。

 

自分の領域近辺だから見に行っているのかもしれないが、偏見やマイノリティ、集団間関係は多い気がする。

 

さて、最近は日本心理学会などに行っても海外に行ってももともと故郷の薄い研究人生になっているせいで(元の教育心理学科を離脱しているし、社会心理学専攻で元来の意味で同学年というのがいないし、最近はN、Kもいなかったりするので、うっかりすると一人で浮いてしまう。従来なんとか一橋グループにくっついて~とかいう方略を使っていたが、社心でも最近ははぐれて、下手するとひとり、弟子のSと二人で飯とかがあった。

 

今回は、行く前にSさんからKさんと会いたい、呼んでねと言われていいたこともあって気を強くして、自分から積極的に集まりを模索する方略にした。

 

初日はまさに首都大にくっついて行かして~みたいな感じだったが、2日目、3日目は自分で積極的に声をかけて集まりを形成して、晩餐を多くの方々で楽しめた。よかった。

M先生がいるとつい、どう音頭をとるか様子見をして、そこに参加させてもらいますという風下のスタンスをとることが多いのだが、今回M先生がいなかったこともあり、自分で飲み会やろうよ、やろうよという感じでもしかして迷惑被った人もいるかもしれないが(気を遣わせたかもしれないが)、人が集まってくれて楽しめてよかった。やはりもう少しこうして積極的に動いた方がいいのかもしれない。研究人生余生も長くないから遠慮していても仕方ないしなぁ。

 

そして、自炊生活では、カップヌードルや缶詰が活躍する質素な生活をしていたが、最後!ということで、アメリカいた割に、そうは食べなかったステーキや肉系のものをこの3日間ずっと食べられて幸せです。最後にアメリカ!って感じの食事を堪能できて(2日目はトルコ料理だけどw)ホントよかったです。

 

そして、検査で壊れたトランクの替えも幸い、ピーチトリーセンターのショップで安い$120のわりにしっかりしてそうなものが入手できて、なんとかなった。荷物も詰め替えたし、さてちゃんと朝起きて帰るだけだ!

 

アメリカ(ペンシルベニア、途中からニューヨーク)滞在日記もそのタイトル通りからは終わる。

形をかえて、前から実はもっているはてなブログを拡張して続けるかどうか分からないけれども、書く癖がついたのならば、そして在外研究が終了してもまだ生活のなかで時間のゆとりがいくらかでもあるならば、日常の思うところの日記みたいのがときどきでも続けられたらいいなと思っている今の心境です。

 

お付き合いいただいている方、ありがとうございます。

 

今後在外研究を考えている方にはもっと実質的な情報も詳細に掲載したらよかったなと思いましたが、自分なりにある程度は記録を残した(けれど必要情報はたぶん検索はしにくい、関係ないこともたくさん書き過ぎたので)かなと思います。

いい問題

東大文系、ネトウヨ的人物の排除に出ましたね。

世界史では、フェミニズム、男女同権についての長めの叙述。

日本史では、教育勅語の否定。現憲法下での不適合性の指摘。

【栓は】お風呂大好き【大切】

温泉の方がもっと好きだがそれはいい。

当然また大中小の風呂栓は持って来ている。

前回書いたように、なぜ湯が溜まらないかというと・・

 

微妙~に、中の栓より穴がほんのいくぶんか広いのですね。

こういうのってちゃんと規格化されていないのか??

しかし、ご承知のように風呂栓というのは、大げさに言えば

円錐台の形で上の方に向かってだんだん直径が大きい構造だ。

だからはめればはまるのだ。

 

しかし、少し穴に入り込んだところではまって固定するから、なんか怖い。なんかの拍子でさらに落ち込んだり、水道管に落下したら、そこで詰まりのもとになる。水道管詰まりとか水の事故は恐ろしいものだ。それで使わなかったのだ。

 

しかし、ちょっとしたもらいもののプレゼント包装のゴム紐みたいのが手にできて、うまく長さが合いそうだ。長さが・・というのは栓についている金属リングに結び付けて、蛇口上部の(シャワーとの入れ替えになる)レバーに届きそう、というか伸びる素材なので、やってみたら見事に届いた。伸びすぎると引っ張られてとれちゃうがかろうじてそうもならず、お湯の勢いもあってちゃんと閉まったままになる。

 

ということで、人がいなくなった感じの午後3時半という洗濯を終えた土曜日の変な時間にお湯をはってみることにした。うまくいった。湯温もよい。あ~浸かれた!!! 極楽!極楽!

やっぱり風呂は浸かるにかぎるね! ちょっと浅めの浴槽かと思ったが大丈夫だ。

 

のんびり洗っていると・・・、あ、部屋のドアが開く音! ジョージ君いたんだね! あまりに静かな男なのでわからなかった。ちなみにすごいステキなめちゃ低音ボイスでしゃべるいまどき受けそうなメガネ男子だ。彼はインドアであまり出かけないが、ときどき食事時間や買い物とおぼしき時間帯に2時間くらい出ていることがあるから、今は出ているのかと思っていたのだよ。

 

仕方ない。ちょっと気がせいて(トイレを我慢したりする経験はこちらは経験済みなので)、気遣って、まぁちゃんと洗ったら延々と浸かり続けることもなく、湯は流してシャワーして、ササッと浴槽も洗って出たよ、ドライヤーも省略。

 

しかし、やはり風呂栓は大事だった。今年度の体験、Airbnb3件、4個の浴槽どれもマイ栓を使わずして溜まる浴槽がひとつもなかった。まぁ溜める気ないわけだな。シャワーのお湯が部屋にこぼれずに排水溝に流れればよいというそれだけの機能だ。もったいない。いや溜める方が水道使用量がもったいないのか? その辺微妙であるが(寒いしそれなりにシャワーだとただ出しっぱなし状態が長くなるので)。

 

ところでアレンタウンの3階はまぁちゃんとした3階でそこにバストイレ洗面あったから、すぐに水が汲めたが、ここはロフト階に洗面スペースなんて全くないので、水を汲む、手を洗うとかいちいち下に階段を降りないといけない。面倒で手をふくとかは全部もってきたウェットティッシュ大活躍だ。ちょっとこうしたコツをつかんで、使いまわしのミネラルウォーターペットボトルにキッチンの水をまとめて入れて置いて、スティックコーヒーも水で溶けるやつだから、もう湯を沸かさずに時々、アイスでなくて常温水コーヒーで飲んでいる次第だ。まぁポットさえあれば大学の研究室と同じってことですね。ただK大はありがたいことに研究室に洗面台あったので随時水か使える便利はあって、思いついたときにさっとTfarで湯を沸かしてカップスープとか味噌汁とかいただくには非常に便利でした。小さいTfarなので今度は大きいポットを用意しておかなくてはならないだろうな。或いはネスプレッソマシンかバリスタIか(K大は共同研究室においてあってコーヒー汲みに行っていた)、でも汎用性がないからなぁ。

 お湯つながりの話でした。

 

 

【マンハッタンも】洗濯したよ【あと5日】

とてもくだらない日常生活記録ですいません。本当に日誌です。

 

今回、15日間滞在という中途半端なことで、しょうもない話、洗濯をどうしようかと思っていた。ニュージャージーでのAirbnbは両方ともアパートにランドリールームがあってよかったが、今度は、設備欄に洗濯機〇となっていないので、どこかにしにいかないとなと思っていた。すぐ近くなら滞在中2回くらい洗うかと、実際荷づくり段階でもどれくらい洗濯できるかで持ち物も変わる。

 

もちろん下着など風呂入ったときにせっせと洗えばいいのだが、ホテルではもちろんそうする。しかしAirbnbでは今回実際そうだが、4組の人々が同居していて、バスを長時間占拠するわけにもいかないし、お湯をはると洗濯しやすいけれども、今回もまた湯がたまらない(抜けてしまう)浴槽なので洗濯しないくいし、そもそも洗濯しているのも印象悪い・・・気がする・・。ジョージにコインランドリーはどこ?と聞いたら、「ないよ」と、「向かいとあっちにクリーニング店が」・・と、どうやらシャツ等はクリーニング店に出していて、彼は昼間もここにいたりするから、テキトーに下着は自分で洗っているのだろう。唯一まともな部屋にいて外に向いて窓もあるから、部屋に日が入り、乾かしやすいかもしれない。こちらの部屋にも温風ヒーターあるが。

 

さて、ネットでググると7分、9分くらい歩いたところにコインランドリーがある。しかし、このところ天気が悪く、木、金ずっと雨模様で気温低い。水曜日に22度あったのがウソのように、また冬っぽくなった。雨のなかを洗濯もの抱えて往復するのはイヤだから少し気温の上がる土曜日まで待った。幸い案外数を詰め込んできていたのでここまでちゃんともった。

 

袋いっぱい抱えた洗濯もん持って、混むのいやだから早めの朝8時に出かけるとわりに客も少なくスムースに。洗濯4ドルは今までより高いがNJのランドリーでもそういうのあった(アパートの安い方で1.5ドルで洗うのはしていたが)。まぁこんなもんだ。

 

見ていると店の人も同じように洗い放り込んで、乾燥機やっている。ドライでなくて、安い請負システムがあるのだろうか。「これやっといて」みたいな。細かいゴタ混ぜの感じの洗い物を洗っているのだ。

 

さて、30分かかるから2ブロック行ったところのスタバでコーヒー飲みながら本を読んで時間をつぶし、乾燥機。これがところによってクォーター25セントで何分回るかがまちまちだ。さぁどう出るか。クォーターをまず一枚投入すると「5」と出た。5分だ、とりあえず3枚投入して15分回してみる。ちょっと15分じゃきついな・・て感じ。やはり終わって触ってみるとまだ湿り気が。乾燥に弱いタイプのシャツだけ取り出して、さらに2枚、あと10分回したら、かなりすっきり乾燥した。

 

通り道に発見した広めのスーパーに帰りに寄ると、ようやくこのマンハッタンでも普通並?の安い値段で物が買えて、それでもNJよりは高いが、カップヌードル3つで2ドル(NJで4個で1ドルだったりする)、大学近くのアジアンコンビニの1つ2ドルと大違いだ。ここまで見かけなかったソーセージ缶も発見。ツナ缶と合わせて購入。なぜかこちらでは飲みたくなってしまうコーラゼロの2リットルボトルとミネラルウォーターも買い、おやつのヨーグルトも仕入れた。

 

大荷物を持って帰ると、週末だからかちょうどホストが掃除に来ていて挨拶、中国系の方ですね。衝立陰に泊っているやはり中国系の人と盛んに話をしている。いつ風呂掃除とかあるのかと思ったら、わたしが日曜日夜に着いたのは掃除のあとってわけですね。

 

リビング、キッチンも掃除され、懸案の洗濯も終わったので、気分すっきり、あとはアトランタのホテルで少し洗えば、帰りまでもつ数量があるので安心。計画がたった。

 

今回の短期滞在では最後なので日本の方ともたくさん会って、政治系の松本先生と意見交換、熟慮性の影響の話をし、清水さんとよもやま話の食事をして、明日は教会とかに一緒に行った熊倉先生とランチの予定だ。23-28丁目界隈意外にたくさんよい店があることが分かり、もし将来も何かあればちょっと4-5日の滞在はいつでもできるなぁという感触。地の利を知ることは大事だから、土地勘ができればまた来やすい・・はず。そんな時間が将来あればよいけれど。学生をオレゴン引率なんてことになったら大変だろうなぁ・・・・。