zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

よもやま2

まぁ謝るというのも日本の組織らしいことであって、職業選択の自由、権利ということでいえば、芸能プロダクションじゃあるまいし、もともと他年次契約を交わしているわけでもないから個々の人権に基づく活動がなされていることのお互い様であり、迷惑はかけてもあいみたがいのように考えないと人権を守る個人の自由は保障されないのであるから、妙といえば妙なものであるが、日本社会に生きている限り、礼を欠かないように謝る。すでに礼を失した行いをある意味してしまっているのだから謝る。

 

学部長に謝るアポイントは来週にとったので、本日は朝、学部事務に顔を出し、代表のグループ長に謝り、手続きの一部について押印をし、本日いまのところまで専攻教員13名中8名にご挨拶し、かなりの部分に達した。学部の教員みんながいる教授会が行われた水曜日はさすがに気が引けて出校できなかったが、今日木曜も心理の教員はかなりいるだろうという予測は功を奏した。最も大切な方は2限が空き時間という読み通り、まず最初に顔を出すことは叶ったが、もちろんことはあまりはかばかしくなく、ただもう謝るのみである。その他の方々はいろいろたいへんさに逆に慮っていただいたり、責任のある方はまだ今後の事務的に未定の部分(授業)の確認など冷静なさらっとしたやりとりもありつつ、それぞれ一段とこういう修羅場では(こっちがなのだが)個性が表れるものである。もう話も聞きたくないというはなから拒絶モードな還暦過ぎのおふたりもいる一方、若手はまだどこでどうまみえるか分からないこともあるし、自分がいつか出て行く事態もあるだろうし、わりにひとごとな感じで、どうでもいいというか、そう気にしていないというか、そんな感じがある。

 

一番感情的に友好的で実のあるやりとりを一瞬だができたのは、むしろエレベーターに乗り合わせた社シスの若手女性教員だ。着任時が同じなのだ。どこでもそうした一種の同士的感覚は大切だ。

 

さて茨+針のむしろをゆっくりと痛がりつつ歩き回るのもしばらく続きはするが、たいがいにして、明日は院生とのメーティングだし、仕事もせねばなるまい。

 

長期間プリンターを使っていなかったので、印字がうまく出ない。なんどかヘッドクリーニングしてもうまくいかない。いつか回復するのだろうか? 実家のプリンターもそんな感じで困っている。アメリカで使っていたやつは今船で運搬中だ。PDFだけでことがすめばいいのだが、研究費のはいちいち打ち出して押印して出さなければならない。もう帰ってきたし。アメリカからはPDFで送ったりしていたが、さきほどそれもまとめて押印してきた次第だ。研究支援課の事務の方々へのホールフーズマーケットの自然志向の石鹸は結構好評のようだった。るるぶさん情報提供ありがとう。学部教員もたいてい紅茶だが、IH先生だけは前にDHCの石鹸もらったこともあり、お土産を石鹸にしてみた。

 

久々に背中から夕日が差して、下に名神高速道路を見下ろすことができる。この雑然とした研究室も徐々に片付けていかなくてはならない。以前は昔のデータを使うかもと思い、たくさんあるテーマや研究プロジェクト毎のファイルボックスも全部そのまま持ってきたが、もうふんぎりをつけて全部処分していくつもりだ。7階で処分していると周りが不愉快だろうから、土曜とか日曜に来たときに徐々に5階あたりのごみ箱にがんがん入れておくつもりだ。すると月曜日の朝早く廃棄がすむ。

 

引っ越しは人生から離れないのか、好んで自分がわざわざ行っているか、中毒になってしまっているのかもうなんだか分からない。本当によく引っ越す。そりゃ自分のせいだよね。生前のYMMT先生にふと「ぼく今年で5年連続引っ越しなんですよね」と言ったら、素直に「どうして?」と聞かれて、ふと「どうしてだろう・・・」なぜ自分はこんなに居所を移しているのだろう(そのときは三鷹→田無→保谷→大泉→アメリカ→帰国大泉)と思ったが、そのときも今も答えは出ていない。要するに落ち着きがないのだろうが、なぜ落ち着くことがきらいなのか自分で自分の無意識がわからない。もしかしたら結構な闇かもしらないが。

 

しかし、いつも慣れた作業を淡々と行っていき、またも研究時間のむだづかいをしてしまうのであった。(言い訳になっていないからセルフハンディキャッピングとしては機能していない)