zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

10人面会して謝ったよ

だから、わたしが公募に勝手に応募して出て行くわけで、取る方から強烈に一本釣りとか着任の依頼相談があったわけではない。

 

なので、むしろ現任校への不義理の方が大きい。明らかだ。

 

しかし、記したように理由の80%は家庭問題だから、別段大学のせいではない。しかしどうだろう。こういう具合に「仕事に家庭のことを絡ませる」という点において、古くからの人、自分よりも上の世代の人(世代の問題ではないかもしれないが、おおざっぱに言って)はおおむね理解のない傾向が強そうな気がしてこわい。

 

前のところだって、ある他学科の男性教員が育児上のことでいろいろ注文や限界を言っていたら、非常に冷たいことばや皮肉、からかいみたいなことが浴びせられていてひどく違和感があった覚えがある。

 

ひとりの人間のすることだから、仕事と家庭が切り分けられるわけもなく、ひとつの24時間を分割しているのだから、影響が出るのは当然だし、交互作用めいた効果が生じることだってあるだろう。

 

だからアメリカでときおり見られる研究者の夫婦採用だって、着任してほしければ一緒にとか、当然あり得る要望なのだ。確かに西洋の夫婦ペア意識も特定文化の表れで特殊とも言えるが、アメリカで単身ぶらぶらしていると(伴侶がこの世に存在しているのに)、違和感が感じられてしまうと言う逆の偏見効果もあったりする。

 

でもおおむね団塊の世代以上は、仕事するならその人の力100%投入があたりまえ!という文化で育っているようだしねぇ。わたしは前任校で講演に子どもを連れて行ったり、大学に子どもを連れて行ったり(せざるを得ず)、いろいろあったが、ここの学長はいったいどういう人だろう。

 

なんだかんだ理解されないところがあっても仕方ないわけだから、最終的には退職を是認いただいたら、在外研究費返還は仕方のない落としどころなのだろうな。

 

脱線するが、学部への迷惑について思い出したが、前任校では、すでに学部へ配分された予算のなかから在外研究費を出し、その年々で異なるその残額から頭割りしてひとりの研究費を出していたので、在外研究費の意図と異なる使用(十分帰国後の教育に生かされない)というのは、直に学部教員の迷惑であり、こうした経費は返還されてきた。

 

K大の場合には、そうではなく、はなから全額経費のなかから海外研究員、国内研究員の経費を決めて支出している。もちろん残れば予算残額次年度送りになってめぐりめぐって大学運営の運転資金に影響が及ぶわけだが、学部予算から没収されるわけではない。

だから、ふつうの立場の社会学部教員はそれはめぐりめぐってはあるが、別段自身の研究経費との連動もあるわけでなく、誰かがやめようが着任しようがたいてい自分とは関係ないし、持ち駒のバッティングや増負担がなければ(今回みたいに新着任教員が予定されていて増負担がゼロとか)、個人の負担感において何も文句はあるはずないのだ。

ただ悔しい、しゃくだ、不愉快だという問題に過ぎない。ホントそれだ。

なぜプライドがそんなに脆弱なのか分からない。学長もプライドが脆弱な人でないことを願うばかりだ。

わたしがいようがやめようが、関西の立派なリーディングなメジャー私立大学であることになんら変わりがない。もっと優秀な若手教員と入れ替わった方が、学生のニーズにも合いそうだし、ずっと発展的でよいと思うぞ。

 

わたしはなにをとっても改善したがるたちで(改悪は嫌いだが)、意見はうるさく言い立てる方だ。K大はそれに向いている、活発な大学というイメージがあったが、それは幻想だった。今はとっても保守的で特に社会学部は何も変えたくないみたいだ。わたしみたいのはじゃまになるだけだからいない方がいいと思う。だいたい権力に楯突くのが趣味みたいなところもあるから、そういう振る舞いが嫌いな方々(社会学とはそういう学問かと思っていたら大きな誤解だったようだ、ある意味とても権威的である)にとってはとても目障りだと思う。

 

適宜、人材は、適所適材で振り向けるのがいいと思う。そういう点でおとなしい今時の聞き分けのよい若手を採用したらよいと思う。いざとなったら、学長の目の前ですくっと学部長の目を見て、「社会学部でわたしの何が必要でしたか?」と尋ねてみるのも面白いかもしれない。でも今の学部長は個人的にすごく好きなので、あまり追い詰めたくないからな。南海ホークスがあった頃を書かかれた素晴らしい研究者です。