zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

学会のあり方

大学院教育と研究者のことを少し書いたので、どういうことを結局考えているのか背景と全体の概要も示しておきます。一部だけ「そのように」しても目的は達せられず、誤解と被害だけが出るというのは政府の政策でも多く見られますよね。

 

学会、研究集団の質の向上と確保ー人々からの付託という観点から。

 

学会の会員などは裾野を広げられるように、あまり入会資格をきつく問わない方がいいという考えがありますが、わたしの全体的ビジョン(そのなかでしか意味を果たさないが)では違います。レベルや資格を複数設けて、

 

正会員

準会員

協賛会員

学習会員(聴講とかでも名称は何でもいいが)

学生会員(あってもなくてもいい)

 

ポイントは準会員と正会員の関係で、たとえば心理とかなら正会員は200-300名程度にしておいて、あとは全員準会員とか、はっきり言えば「会員資格」に「アカデミックな権威」と言ってもいい(あまり好きな言い方ではないが実質がそうだから分かりやすいようにそう言っておく)ものを持たせる。

 

こうした学会には税金から昔の科研費からの支出のように支援金が出てもいい。それは人々が自分で研究する余地(ゆとり、資金、あるいは能力)がないところを社会からの付託として「研究活動を行ってください」と日本なら日本社会として「学問・科学」を社会のなかに置いておくための費用として税金から拠出するという理屈である。資金はもちろん「運営資金」に使って良い。学会事務への給与とか事務所代とかも。

「教育」側面では社会からの付託で高等教育を担うことへの国からの支出として私学助成が存在しているのとパラレルな「研究側面」への支援ということだ。

 

そのためには、「信頼できる研究」がなされねばならない。もちろん科学は進歩するからずっと後になって間違っていたとか違っていたという場合もあろうが、そのときの観点から総力かけて考えたがこういう結論ということは全く「絶対的真実」ではないが、そうした学術知に信頼を置くということで、また、信頼を置けるようにするには、学会会員がメディアででたらめ述べ放題という一般の人が不信を感じることを助長する行いを規制、あるいは適正に対応することを含む。

 簡単に言えば「確信犯的に自分でもひどいいいかげん、うそであると分かっていることをメディアで述べたり、言い散らしたり」したら会員資格を剥奪する。

 大学や研究機関は採用時にはそれなりに厳密な審査を行うが、一旦採用されると日本の現状では大学教授は間違ったことも言いたい放題である。それ自体で罰されることはほとんどない。大学の教育職員は複合的な業務なので研究だけでないという点も難しいし、個人の職業、収入源を簡単にいじっていいかという人権問題も発生する。

 

しかし、学会は1年ごとに(随時でも)会員資格を問えるし(年会費の支払い)、破門は簡単である。そうすることで「学会の見解」というものを少数で話し合って打ち出すことも容易になり、「この点について権威ある学会はどう考えているのか?」という庶民の素朴な質問にもずっと回答しやすくなる。そこで全く科学的にでたらめを言うやつがいたら破門して、そいつの言っていることは学会見解と異なります、その人は「学会員」ではありませんと言えば、科学の素人でも分かりやすいのだ。

 

素人は「学会員」となるだけで権威あるように勘違い?している。いや、むしろそれが世間の考え方に近いならばそっち側に寄せていけばいいのだ。誰でも学会員としてでたらめ、てきとーなことが言えて学会員がそう語っているという現状を変えて、でたらめいうやつは「学会員」ではないとしてしまえば明瞭に、「科学側の立場」がはっきりするのだ。

 

今は、あまりに雑多な会員を抱えているため、会員内部で相反してはっきりした意見を打ち出しにくくなっているという欠点があり、その結果ある意味、学会はあまりそれ以外の一般の人と十分コミュニケーションがとれていないという現状となる。もちろん論争中のことは論争中という見解でいいのだし、有力な考え方が3つあるならそういえばいい。学会の見解だからといって「唯一の真実」なんて用意する必要はない。ありのままを説明すればいい。学会サイトに対立する複数の代表的文献を記載してこういう論争が今ありますと紹介するのもいいのではないか、というかむしろ積極的にWebを利用して情報発信すればいいと思う。

 

さて、「準会員」は修行中の者であり、まだちゃんとした見解を説明できる力量を備えていない者という位置づけでもちろん一生そのままの位置づけの者がいるかもしれない。前の日記でdisったような方達だ。この準会員、会員という区別をつけることで税金拠出により付託された学術研究の信頼性を担保する。要するに信用できない研究者はいつまでも準会員で会員になれないってことだ。なんなら準会員に程度差をつけてもいい。

今もある出版社などからの協賛はありがたい。協賛会員としてもっとニュースレターとか出して、知見をお知らせする他、協賛会員へのインタビューとかして掲載するのもいいと思う。

 

他の周辺、関連分野でアカデミックとはちょっと違う職業人している人は聴講的に関わってもらう。もちろん優秀な業績満載出せばそう言う人でも会員になれる。が、たいてい今の日本の社会状況でいえば学術程度は高くなく博士も少ないので、博士号とって官僚しているとか、なんかの仕事しているとか少ない。だからたいてい実力的にも聴講や学習という修行期間か、あるいは自身が研究すると言うよりも積極的に成果を学んで役に立てないとかそういった人が学習会員になって主に「知の消費者」として関わる。4000-5000円くらいの年会費で、正会員は2万円くらい払うといい。(準会員は今と同じくらいの8000円とか)

 

だから裾野は狭めず、ただカテゴリーを複数つくり取り込みながら、責任主体の質向上は確保するというやり方だ。

 

同窓会に行く時間が来たからここで第1部終了。以下まだ続きます。