zatsu_ten6の日記

ペンシルベニア在外研究、滞在日記

楽しかった

最近同窓会が楽しい。うちは0:00門限だから、TY大にいたときもそう遅く帰宅することはなかったが、ついついこの1月の東京同窓会だけは、昨年も今回(昨日)も、午前1:30タクシー帰宅みたいになっている。仲の親しいYくんが、初台に住んでいることもあり、初台までの運賃を割り勘できるのも助かるから深夜帰宅の勇気?をもちやすいのだ。

 

特に今年は移籍のこと含めて自分の立ち位置が自分のなかではっきりしてきた、そして(定年退職後は分からないが)もう最後までこことようやく初めて居場所が定まった安定感を自分の気持ちのなかで感じているので(本当に初めて!)、開き直りとも言える自分のできることがある意味、ここまで、この程度と割り切るところから出発できているのでむしろ曇りやわだかまり、引け目さえない。

 

昔、ちょっとした飲み会(GDの常任理事会後だったと思う)ときに、誰にも言えない気持ちをちょっと理解者?に小出しみたいな気持ちで信頼しているFくんに、「同窓会で劣等感感じるんだよね~、ホント自分あかんって」みたいなことをちょっと言って、たぶん趣旨は十分わかってくれた上で上手に冗談返しで「人に言うと首締められますよ」と言われたのもよかったことで、世の中でこういうことさえあるのだと発信できたのはずっと気持ちの奥というか底にしみじみと残っている。

 

実際、5分ほど遅れていくといつもと異なり最初全員が、関西から上京してくれた担任団の英語の先生、元校長(私らの卒業後に校長になられていたが、すでに退職)のため、名前と所属クラブだけをだーっと言っている最中の、真っ先のテーブルAをひいたので着席と同時に自己紹介。そしてそのAテーブルは、隣から、医師(開業)、元国土交通省、医師(神戸大)、民間、つくばの総研(医師)、幹事している生保系、医師、司会の後述のTVにも経済評論家的に出ているコンサルである名士(名家の出でもあり、名家と婚姻している)ということで世間的には超立派です。

 

文系研究者は今回はわたし1人(東京ではだいたいそう)、近いのか近くないのか業界的に近いのは、ずっと日活で監督をしていてそれ系大学の立ち上げと共にその事務局長として赴任された人で、映画を文系というかまぁ芸術系なので・・・、大学関係者という意味で。あと大学人的になっているのは理系で工学系からTK大学という海に縁のある大学で今学部長をしているそうだけれどと、千葉大の外科で長く学生指導もしている医学部教授というのがいるがこうして理系の方が圧倒的に多いのだ。

 

二次会で座ったところでは、向かいに外務省局長、となりは医師、あ酔っ払ってもうその隣が思い出せない・・・、外務省局長といろいろ話せたのは興味深く、とてもよかった。

 

ちょっと以前までは(成績で引け目は全くなかったが)、社会的名望ということで、なんか場違い感が強く、互いに知り合いのつての話とか、仕事上のつながりでも交流のある話とか日本のトップ層での人脈的つながりを感じさせる(企業でも役員とか)話には全く入っていけず、そういう方達が利用させる名店も全く無知で名前も知らず、もとよりゴルフの話は関係なく、財産を拡大させる投資話も縁がないということで、あまりそもそもかみ合うような話はない。だいたいが、わたしが中道左だから、志向性も全く違い、とにかく株価が上昇したことを喜んでいたり、やはり従軍慰安婦の問題で海外世論の方に怒りをぶつけていたりなど考え方や立場も違い、近いのは生協の理事になった学友くらいである。

 

しかし今回は心理の立場から言える、言ってみることも増え、3次会では意外に文化的な話に花が咲き、仏教などの日本宗教の話題、ネタ(親とかの墓の話から流れていくわけだが)、医師のひとりが鎌倉仏教の最近読んだ話を語り、だいたいそのネタは全部わたしの頭にはすでに入っている話だからうなづき、捕捉やあいのて入れながら聞いていたが、(失礼ながら)驚いたのは、先のコンサルさんもたいへん知識豊富でそのあたりよく知っていらっしゃるようだった。学生時代、あまり勉強熱心に見受けられなかったためその辺(社会人力や人間力の高さは感心していたが)、知的側面では少しなめていたが、やはりただものではなく、おうち周辺の立派さ(東大医学部教授、東京帝国大学医学部教授)とか聞くと、結構地頭いいんだなこの人、きっと「お勉強的学習」がものたりないで嫌いだったんだろうなぁと見直し、またトップ層との交流はこうした知識の蓄積や磨きをかけていくこと、実際的に知ること(宗教トップ層と会って話をすることもあるかもしれない)などもあって十分賢い人になったのだろうなと感銘した。

(ちょっと宗教の知識を知識のメルクマールにしがちなのは私の個人的バイアスかもしれないけど・・・)

 

そういった墓やらなんやらの忌憚のない?話の流れで、自分の関西に来た介護と言ってもそのなかでの本当の理由とか、実家からとりあえず距離を置いて去る、本当の兄弟的理由とかも自然に語ることもでき、周りも素直に聞いてくれて、介護、家族、遺産、財産分けトラブル(の未然防止)など、より資産のある方も直面するさまざまな自身の経験と照らした共感が互いに自然に交換できるようになったのだなぁ、この年齢にして・・・と思った次第。

 

飲むと最後すぐに眠りこけてしまうYとタクシーに乗り、初台でおろして、いつもより少し満ち足りた気分になり、ホロ酔いのなか帰宅したのでした。